領域トレンドリサーチ
教育領域:学習効率化サービス
教育領域の第4回は、学習効率化サービス、特に学習者の自主学習におけるパフォーマンスを向上させるサービスについてご紹介します。
INDEX
VUCA時代に求められる学びの変化とアクティブラーニング
近年、情報や技術、環境、政治等、様々な側面での社会変化が激しくなっています。ただ、どのように変化していくのかは不明瞭であり、以前よりも不確実性が高く、より複雑に絡まった様々な状況によって、激動の時代が続くと言われています。このようにVUCA*時代と言われる現代においては、常に変わりゆく社会環境に順応し、自ら考えて、自分たちで課題を発見し、新たな解を創造する力がより求められます。
*Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)の頭文字をとって表されている
これまでの教育手法は、大量生産による経済成長に適した人材を育てることを目的として作られてきましたが、それだけでは今後のVUCA時代を乗り越えるためのスキルは身につきません。知識を持っているだけではなく、その知識をどのように活用するのか、人として多様性の理解や創造性を発揮することが重要になってきます。このような時代の要請を受け、この数年でアクティブラーニングの取り組みが活発さを増してきました。
アクティブラーニングとは、能動的学習のことを指し、学習者が受け身ではなく、自ら能動的に学びに向かうよう設計された学習法のことです。グループワークやディベートが一例としてあげられ、学習者の認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験といった汎用的な能力を育むことを目的としています。
また、アクティブラーニングの効果はこれらの力を身につけるだけではなく、生徒の知識の保有や成績にも好影響を与えるという研究結果も発表されています。学習方法による知識の定着率を表した「ラーニングピラミッド」においては、単なる座学や読み書きよりも、アクティブラーニングに該当する学習方法の方が学習効率が高いと示されています。
この数年で、アクティブラーニングの代表格である反転学習(反転授業)を取り入れている学校や塾が増えてきました。これは学習者が事前に自宅で授業内容を予習し、後日の授業で予習を応用した問題を協働して解いたり、議論したりして、より深い学びを得る学習・授業形態です。
ただし、学習効率が高まるというメリットの一方で、指導やファシリテーションの難しさ、評価の難しさ、教材選択の難しさといった指導者側の問題や、グループワークに協力的ではない、建設的な話し合いができない、予習してこない、人によって理解度が異なるといった学習者側の問題といったデメリットも見えてきました。少し古いかつ、内容への賛否両論はありますが、2014年には文部科学省がアクティブラーニング失敗事例ハンドブックを公開しており、アクティブラーニング実践の難しさがまとまっています。
学習SNSによるアクティブラーニング
これまで述べた通り、アクティブラーニングは学習者の自律的な学習が前提となりますが、このような学習活動がSNS上で一部実現されています。SNS利用の目的は様々ですが、他人に教えたり、議論したり、他の人の回答を参考にしたりする等、アクティブラーニングの取り組みの一つでもある、「議論し合うグループ」や「他者に教える」といった行動が活発に行われているのです。
代々木ゼミナールが2017年に行った調査(全国の15歳~18歳の高校生400名が対象)によると、実に、学生の半数以上が勉強にSNSを活用、3人に1人以上が利用しているとのことでした。SNSの勉強専用アカウントについて聞くと、「自分も勉強専用アカウントを持って活用している(5.5%)」と回答したのはわずかだったものの、「勉強専門アカウントを持っていないが閲覧している(17.8%)」「興味はあるがなにもしていない(28.0%)」と合わせて全体の半数以上が興味を持っていることがわかりました。
アクティブラーニングを補完するアダプティブラーニング
アダプティブラーニングとアクティブラーニング、名前は似ていますが、内容と導入目的は異なります。アダプティブラーニングとは、データを元に学習者一人ひとりの進捗度に最適化された学習方法と教材を選択・提供する学習サービスのことを示します。
アクティブラーニングによる授業、つまり能動的で建設的な議論を実現するために、指導者には学習者一人一人の理解度や興味・関心、性格などを考慮した、個別のきめ細やかな対応が求められます。そのために、これまでは教員がテスト結果などから生徒個々人の学習進捗分析を行い、放課後の補習や追試などの形で個別対応を実施していました。しかし、そもそも教員の負担が過度にかかってしまうという問題や、どこが苦手かという分析が教員各々の指導力に一任され、効果がばらつくなどといった多くの問題が存在していました。
このような背景とテクノロジーの発展もあり、アダプティブラーニングが注目されるようになりました。アダプティブラーニングのテクノロジーによって、属人性が解消され、スケーラブルな個別最適化学習を実現できるようになってきたのです。つまり、これまで一対多の集合学習で均一な学習内容を提供していたものが、生徒一人ひとりに最適な学習内容を提供するような形態、いわば生徒一人ひとりに指導者がついているかのような形となってきているのです。
学習効率化サービス一覧
今回、学習効率化サービスとして、アクティブラーニングの実践を支援する「学習SNS」と「アダプティブラーニング」における代表的なサービスを以下に一覧化しました。今回はこの中から特徴的なサービスを紹介します。
注目の学習効率化サービス
1. いつでもどこでも勉強に集中できる“勉強部屋”アプリ「StudyCast」
StudyCastは、ベネッセが提供する中高生向けの学習サポートアプリです。
アプリ上に「勉強部屋(アプリ内では「キャストルーム」)」を作成して、招待した友達(2~4名)と一緒に勉強することができるようになっています。「勉強部屋」では、別の場所にいる友だちと音声・カメラを通じてつながっており、互いの勉強する様子がリアルタイムで見えるようになっています。相手の姿が見えるため、1人で勉強していても「誰かと一緒に勉強している」気持ちが持て、怠けずに勉強に集中することができるという仕組みです。
また、勉強部屋の友だち同士で、わからないところを教え合えるので、その場でつまずきを解消することもできます。勉強部屋で勉強した時間は、教科・科目ごとに「勉強レポート」として自動で記録が残り、学習終了後に友だちと勉強記録をシェアすることもできます。
本アプリの企画段階の調査では、「一人では勉強の集中力が続かない」「さまざまなスマホアプリの誘惑で学習に集中できない」といった声があったそうです。ここに着目し、「友だちとリアルタイムでつながって勉強に集中する」「勉強している間は他のアプリを使えない」という仕組みを通じて、中高生たちの学習時間の質の向上を支援することをコンセプトとしました。
他の学習SNSでも、教えあったりすることは可能ですが、それらはあくまで「学習内容の質」を重視している一方で、本アプリは心理的なピアプレッシャーによって「学習空間の質」の向上を重要視している点が非常にユニークです。
2. 国内アダプティブラーニングの代表格「atama+」
atama+は、AIを活用したアダプティブラーニング教材です。
生徒一人ひとりの「得意」「苦手」「伸び」「つまづき」「集中状態」「忘却度」などをAIがリアルタイムに分析し、一人ひとりの学習状況に則したオーダーメイドの「専用レッスン」を作成することで、学習効率化を実現しています。
中高生を対象とした全国の塾・予備校に導入されているのですが、2020年9月時点で、全国の導入数は2,000教室を突破しており、驚異的な広がりを見せています。
atama+は、AIによるデータ解析により苦手の原因を特定した上で、学年や単元を超えてさかのぼり、①「何を」②「どんな順番で」③「どのくらいの量」学習すればよいかを示してくれます。
また、単元の積み重ねが成績に直結するような科目は、対策が難しく感じる場合が多いのですが、atama+では、必要に応じて小学校の範囲までさかのぼることで、しっかりと成果を出すための学習を可能にしています。また、教師側は学習中にリアルタイムで学習進捗や集中度を管理することができるようになっているため、個々の学習者の状況に応じた適切なフォローができる仕組みとなっています。
3. アダプティブラーニングのパイオニア「Knewton」
Knewtonは、世界で4,000万人以上の利用実績があるアダプティブラーニングプラットフォームです。
前述のatama+のように、学習者に対してアダプティブな学習コンテンツを直接提供するのではなく、個別最適化のAIエンジンをB2Bで提供しています(USでは大学向けにコースウェアも提供)。
Knewtonは日本を含む約20ヶ国で展開されており、日本では学研、Z会、AEONといった個別の学習教材・教室だけでなく、企業のLMS等にも活用されています。
また、学校向けのICT教育プラットフォームであるClassiにもKnewtonが組み込まれているのですが、この影響は非常に大きいでしょう。今回は個別には取り上げませんでしたが、Classiは授業や先生・生徒のコミュニケーションを支援するICTツールで、教育機関のアダプティブラーニング、アクティブラーニングを支援する機能が備わっています。2019時点で実に全国の高校の2校に1校、高校生の3人に1人がClassiに触れているというほど全国に拡大しているツールであるため、国内におけるKnewton浸透の貢献度は高いのではないでしょうか。
まとめ・考察
学習SNSは、競争心やサボりにくい強制力を与えつつ、互いに教えあうことで学習効率の向上に寄与し、アダプティブラーニングサービスは個人の理解度に応じて学ぶべきコンテンツをレコメンドして学習効率を向上に寄与しています。
SNSを活用した学習は、学校での学習ほど公的でもなく、個人学習ほど孤独でもない、中間にある体験価値といえるでしょう。一方で、アダプティブラーニングは個人学習の効率化にフォーカスしています。これらのサービスに加え、学校の授業の体験が滑らかに融合した「個-集団-公」のUXを作っていくことで、さらに学習効率を向上させるサービスが構築される可能性があるのではないでしょうか。
アクティブラーニングは長年の取り組みの結果、失敗例含めノウハウが蓄積されてきました。課題になっていた学習者一人ひとりのケアという点では、アダプティブラーニングで補完可能になってきています。
しかし、アクティブラーニング、アダプティブラーニングが本格的に組み込まれている塾は増えてきたものの、学校はまだ少数という状況です。
今後は、アクティブラーニング支援・管理機能とアダプティブラーニングコンテンツを備えたClassiのような学校向けのサービスの普及によって、学校教育におけるデファクトスタンダードになっていくのではないでしょうか。
いかがでしたでしょうか。
次回は、教師の負荷低減サービスについて紹介します。