領域トレンドリサーチ
教育領域:教師の負担軽減サービス
教育領域の第5回は、教師の働き方を改善していくサービスについてご紹介します。
教師の労働状況
日本全体で働き方改革が必要とされる中で、学校に目を向けてみると、教師の長時間労働が問題となっています。
文部科学省の教員勤務実態調査によると、1週間当たりの学内勤務時間数が60時間以上と答えた人は、小学校で33.5%、中学校で57.6%という結果でした。
週60時間以上の勤務を月単位に換算すると、厚生労働省が過労死ラインとしている月80時間を超える時間外勤務を行なっていることになります。
一方、一般企業に勤める人のうち、週労働時間が60時間以上の割合は7.7%であり、教育現場では一般企業よりも深刻な長時間労働問題が発生しているという現実が見て取れます。
また、文部科学省が毎年末に公表している教職員人事行政調査結果によると、3ヵ月以上の長期休職者の中で精神性疾患を理由とする者が、2005年度以降は約6割の水準で高止まりしている事実も明らかになっています。
教師の業務内容
では、教師の業務の中で一体何が大きな負担となっているのでしょうか。
勤務時間の内訳について詳しく見ていきたいと思います。
文部科学省が実施した教員の勤務実態調査をもとに、週勤務時間が60時間以上であった教師と60時間未満であった教師を2つのグループに分け、1日の業務内容別勤務時間を比較したところ、勤務時間が長時間化している教師は、小学校では「授業準備」「学校行事」「成績処理」、中学校では「部活動・クラブ活動」「授業準備」「学校行事」「学年・学級経営」「成績処理」に時間を取られていることがわかりました。
さらに、教師自身が抱える仕事に関する悩みを調査したところ、授業の準備時間が取れない、作成しなければならない事務書類が多いなど、授業準備・資料作成業務に関する悩みが上位に挙げられました。
長時間勤務の原因となる業務内容と教師の悩みはほとんど一致しており、解決すべき問題であることが明確に認識されているのにも関わらず、教師の悩みは2010年の調査結果から変化がなく、長年問題が解決されていないという教育業界の問題が浮かび上がります。
教師の負担軽減サービスの全体像
このような状況を受け、国内外では教師の負担を軽減しようと様々なサービスが提供されています。
今回は教師の負担を軽減する方法として①授業・研修支援②その他教育校務支援③経営管理支援の3種類に分類しました。
- 授業・研修支援
教師間SNSを活用して、授業運営のナレッジ共有、教材の共有を行うサービス。また、学習者の能動的な学習参加を実現するためタブレットやクラウドを活用したアクティブラーニング支援サービスなども含まれる - その他教育校務支援
生徒・保護者への連絡を行うサービスや、教師同士のコミュニティ機能を追加したサービスなどがある - 経営管理支援
生徒募集や教員採用、教員の勤怠管理などのサポートサービス
注目サービス
1. 役立つ情報をシェアできる教師専用SNS「SENSEI ノート」
SENSEI ノートは、教師同士で意見交換ができるほか、教材やノウハウなどの役立つ情報をシェアできる教師専用SNSです。
信頼できるコミュニティを形成するため、教師たちには実名での登録が求められます。
それぞれの教師が手作りした授業資料や、ノウハウを共有することにより、今まで課題であった「授業準備時間がなかなか取れない」「学年・学級経営に時間がかかる」といった課題の解決につながっています。
最近では、新型コロナウイルス感染症の影響で急遽休校を余儀なくされた学校に勤める教師間で、休校期間におけるICT利活用の方法や、保健室での新型コロナへの対応について議論・相談し、自校の学級経営に生かされています。
2020年8月時点で全国で約4万人の教師が登録し、サービスを拡大しているSENSEI ノートですが、サービス立ち上げ当初しばらくは、多くの教師が利用することで情報交換が活発になることを期待して、教師の利用料は無料とし、出資金で運営していました。そのため、売上の確保が難しく、収益モデルの軌道修正が必要でした。
では、教師からではなく、学校から料金を徴収するビジネスモデルはどうだろうかと収益モデルを見直しましたが、学校は予算の約8割を教師の人件費にあて、残り約2割は出張費などに使用しているため、新たなサービスに費やす予算がほとんど残っていないことが判明しました。そのため、SENSEI ノートは、教育現場から利用料を徴収する収益モデルでの運用が難しく、一時事業継続が困難になりました。
そこで、2017年にビジネスモデルを大きく変更します。
SENSEI ノートを提供する株式会社ARROWSは「子どもたちに自社の製品・サービスを知ってもらいたい」企業と「子どもたちに世の中に触れる機会を作ってあげたい」教師を授業を通してつなぐサービス「よのなか学」をリリースしました。
よのなか学は、ARROWSと企業がタッグを組み、「世の中」について学ぶ50分の授業パッケージを制作し、企業から広告費やマーケティング費という形で費用を徴収し、学校へは無償で教材を提供しています。
制作された授業パッケージには、例えば大塚製薬が情報提供・監修した熱中症に関する授業などがあります。
授業を受けた子どもたちからは、「汗のはたらきや、熱中症にならないために必要なことを映像で楽しみながら学ぶことができた」、「授業を受けた次の日から水筒の中身をイオン飲料に変更した」などの感想が寄せられており、教育効果だけでなく、企業にとっては広告・マーケティング効果があります。
ARROWSは「先生から教育を変えていく」のビジョンのもと、現在では教師の長時間労働是正のため、「SENSEI多忙解消委員会」を発足し現場教師の働き方を数値化し、解決策を模索するプロジェクトも推進しています。
2. 教師・生徒・保護者の情報交換をスムーズにする教育SNS「Classting」
Classtingは、教師、生徒、保護者の情報交換をスムーズにする教育SNSサービスです。
創業者であるチョ・ヒョングは、かつて4年間小学校の教師をしており、生徒や保護者とのコミュニケーションに悩んだことからClasstingのサービスを考案しました。
Classtingは、学級運営と学習教材共有に特化しており、急な連絡事項でもすぐに伝達できる「オンライン学級通信」や、朝の電話が繋がりにくい忙しい時間に素早く欠席が連絡できる「欠席報告掲示板」などがあり、教師の負担だけでなく、生徒、保護者の負担も同時に軽減することを実現しています。
他にも写真共有のアルバム機能や資料の共有機能、海外クラス交流機能などもあり、コミュニケーション形成の一助としても機能しています。
学校でSNSを利用するとなると、いじめ対策も必要になってきます。
Classtingでは、管理者である教師がNGワードを設定すると、掲示板内でNGワードが入力できない仕組みになっています。また、メンバーの追加・削除も管理者である教師のみが操作可能です。
このように、学校という閉塞的な空間で学校用SNSを活用し情報をオープンに公開したことで、保護者たちが安心し、モンスターペアレントの存在が落ち着いたという報告も上がっています。
教師の口コミでサービスは広がっていき、開始から3年で180万人以上の韓国国内の利用者を獲得しました。また、日本でも2015年に法人を設立し、サービスをスタートしています。
3. 代行教師を派遣する「Swing Education」
Swing Educationは、小中学校、高校の教師不足を解消するために代行教師を派遣するサービスです。
Swing Educationが誕生したカリフォルニアでは、教師不足が深刻な問題となっていました。学校が正規教員を確保できない場合は、School District(教育行政の自治体)が代行教師を探さなければなりません。しかし、探す側の負担は大きく、地域によっては、契約したのに教師が来ないというような問題も発生していました。
一方で、「今は教師として働いてはないが学校に何かしら貢献したい」、「要請があれば手伝いたい」という積極的な人もいるということに着目し、こういった教師と学校をマッチングするサービスを始めたのです。
Swing Educationの大きな特徴は、授業代行側の登録がシンプルな点と、登録段階で報酬体系などが明確な点です。
また、登録済みの全ての代行教師は学士号を取得しており、全体の40%以上は博士号を取得しています。
また、代行教師に合格するのは応募者全体の10%未満と言われており、登録前に総合的な身元調査を行ったり、稼働後に学校側からフィードバックを送信できたりと教師の質の担保を徹底して行っている点も特徴の一つです。
まとめ・考察
教師の業務負担が非常に大きい問題に対して、様々なサービスが提供されています。
SENSEI ノートのように授業教材やノウハウの共有が一般化されれば、授業準備時間が短縮され、教師が長年抱えていた悩みの解決や長時間労働是正につながるのではないでしょうか。
ただし、サービス利用者である教育機関や教師からは予算上、課金が難しいケースも多いため、企業を巻き込んだ収益モデルの構築や、別事業の立ち上げなどを通じたマネタイズ方法も検討が必要でしょう。
SNSアプリClasstingでは教師・生徒・保護者間の連絡をスムーズにすることで、連絡業務・授業準備に費やしていた時間が縮小され、他の業務に時間を割きやすくなりました。
情報をオープンに公開したことで、保護者たちは安心し、モンスターペアレントが落ち着いたという導入効果も報告されています。
今回の新型コロナウイルス感染症の影響で、学校は物理的接触を減少せざるを得なくなり、学校用SNSツールの利用は後押しされたのではないのでしょうか。
しかし、まだまだ新しいツールに対して抵抗感がある学校も少なくありません。情報をオープンにして保護者が安心したように、教師・保護者・生徒が実際に運用してみて良かった点、改善すべき点をオープンに公表して未導入校の不安を解消し、導入が進むことで教師の負担軽減を実現する一歩となるのではないでしょうか。
さらに、ツール活用で時間短縮を狙うだけでなく、人員を補充し教師一人一人の負担を軽減する解決法も考えられます。
人員を補充する際には、代行教師の質も問題になってくるでしょう。
代行教師を派遣しているSwing Educationでは教師の質を担保するために事前の身元調査や、教師へのフィードバックを公開しています。
長年教師の悩みが解決されていない現在の日本国内の背景を踏まえると、代行教師に委託できる業務を早急に明確化し、積極的な外部人材活用によって、教師一人一人の負担を軽減する必要があるのではないでしょうか。
いかがでしたでしょうか。これまで4回にわたり教育領域のサービストレンドを紹介しました。
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