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発表された39のAI事業を追跡したら — 資生堂OptuneとドコモAIタクシーの教訓

AI×新規事業

発表された39のAI事業を追跡したら — 資生堂OptuneとドコモAIタクシーの教訓

華々しく発表されたAI新規事業は、その後どうなったのか。39事業の生存確認の結果と、資生堂・NTTドコモが自ら公表した2つの終了事例から、「発表」と「事業」の距離と参入判断の教訓を読み解きます。

発行: アーキタイプ株式会社 / 2026年9月
シリーズ: AIの外で勝つ — 事例で読むAI新規事業(第4回/全6回)

AI新規事業のプレスリリースは、毎週のように流れてきます。では、発表された事業は、その後どうなっているのでしょうか。

私たちは今回の調査で、確定した事例の全件に生存確認を行いました。この回では、初版調査で確定した大企業の外販39件(初版コホート)の追跡結果を報告します。

結果は、発表どおり現存・拡大が29件(約4分の3)、終了・縮小・留保が10件(約4分の1)でした(2026年7月時点・一部は8月に追跡確認)。

内訳は、明確な終了・実質終了が4件、縮小・ブランド形骸化が3件、資本関係の希薄化や主要顧客の離脱といった留保付きが3件でした。なお、この39件とは別に、発表を精査すると外販ではなく社内・グループ内・自社会員向けだった取り組みが5件あり、分析対象から分離しています。「外販」という看板の検証から、生存確認は始まっています。

初版コホート39件の生存確認・判定内訳——現存・拡大29件、終了・実質終了4件、縮小・形骸化3件、留保付き3件

ひとつ方法論の注記をします。2026年8月の追補調査で確定した27件は、この生存集計の分母に含めていません。追補は「調査時点で現存する事業」を条件に収集した網であり、過去に開始して既に終了した事業を拾えないため、加えると生存率が見かけ上、上振れするからです。

生存は、発表時点から計測した情報の集合で証明する。このルールが、生存確認という手法において重要です。

資生堂「Optune」──1年後の終了が公表された事例

終了が当該企業自身によって公表されている国内事例を、2つ順に見ていきます。

資生堂の「Optune」は、AI肌診断と個別調合を組み合わせたパーソナライズスキンケアでした。「一人ひとりに違う商品・助言を、マスの価格で提供する」という、この型の典型的な設計です。

2019年7月に本格展開が始まり、2020年6月30日にサービスは終了しました。1年後の終了です。終了理由の公式説明は確認できていません。私たちの調査からの推察としては、個別調合という提供モデルの運営コストと、サブスクリプションの獲得規模が釣り合わなかったと見ています。都度の調合、個別の配送、継続的な測定。個別化の運営コストは重く、規模が乗る前に力尽きます。

実はこの「顧客接点×個別化」の型は、137事例の中で大企業とスタートアップがほぼ拮抗する唯一の領域であると同時に、本調査で確認できた明確な終了事例が出ている型でもあります。既存の顧客接点とブランドは参入の武器になりますが、「接点があるから個別化サービスも売れるはず」という三段論法は成立しませんでした。成立している事例は、個別化の限界費用がほぼゼロになるデジタル完結型に寄っています。

ドコモ「AIタクシー」──4年間の実運用の末の終了

NTTドコモの「AIタクシー」は、基地局の人流データによるタクシー乗車需要予測の月額サービスでした。2018年に開始し、2022年に提供を終えています(同社公表)。

発表から終了まで4年。発表時に注目を集めた事業でも、静かに提供を終えることがある——発表の華々しさと事業の持続は別物だということを、公表事実だけで確認できる貴重な国内事例です。

対照事例──「撤退した市場」に再参入したKettle

終了の逆側も見ておきます。米国のKettleは、山火事の再保険(保険会社が引き受けたリスクをさらに引き受ける保険)を手がけるスタートアップです。山火事リスクの評価は従来の保険数理でも理論上は可能でしたが、物件単位で評価する精度がなく、採算が合わないために大手保険会社は市場から撤退していました。

Kettleは深層学習によるリスクモデルでこの市場に再参入し、2025年のカリフォルニアの山火事を乗り切ったうえで、保険料基盤を1年で3倍超に伸ばしたと報じられています(2026年1月時点・CEO発言)。市場は消えていたのではなく、誰も採算に乗せられなかっただけでした。AIが解除するのは「原理的な不可能」ではなく「経済的な不可能」だという、調査全体を貫く原理がもっとも純粋に現れた事例です。

教訓──入りやすい場所と、勝ち切れる場所は違う

39件の生存確認から引き出せる教訓は3つです。

第一に、約4分の3が生きているという数字は、安心材料ではありません。生きていることと、事業として立っていることは違います。

第二に、「参入しやすい型に入れば勝てる」という読みは、終了事例が否定しています。この連載が「勝てる場所」ではなく「参入が成立しやすい場所」という言い方を貫いているのは、このためです。

第三に、終了した事例は「アセット障壁が効かなかったから」ではなく、個別化の運営コストのような実装要因で説明できます。障壁は参入の条件であって、勝利の十分条件ではないのです。

なお、終了・縮小・留保と判定した10件の判定基準と、各事例について確認した事実の一覧は、レポート本編の表8-1に収載しています。個別事例の判定には当社の評価が入るため、本記事では企業自身が終了を公表している2件のみを取り上げました。

そしてもうひとつ。Kettleの事例は、自社が過去に「採算が合わない」と見送った市場・撤退した市場のリストが、AI時代の新規事業テーマの候補リストでもあることを示しています。当時できなかった理由が人件費・専門家の希少性・計測コストなら、その制約は今、外れている可能性があります。

次回は、生き残った事例たちが共通して踏んでいた「実装の定石」を扱います。キーワードは、海外1〜2年、国内10年です。


本記事は連載「AIの外で勝つ — 事例で読むAI新規事業」(全6回)の第4回です。

連載の全記事:

1. AI新規事業の勝敗はAIの技術力では決まらない — 137事例が示す5つのアセット障壁

2. 眠っているデータは商品になるか — WalmartとJR東日本「駅カルテ」が越えた2つの距離

3. 「熟練者の目」は売り物になる — John DeereとJFEスチールに見る技能のAI外販

4.発表された39のAI事業を追跡したら — 資生堂OptuneとドコモAIタクシーの教訓(本記事)

5.自社で使い倒してから売る — AI外販の定石は海外1〜2年、国内10年

6.いま走っているPoCは勝ち筋に載せ替えられる — 3つの経路と5つのアセット棚卸し

記事の元になった業界レポート「AI新規事業の勝敗は、AIの外で決まる — 国内外137事例が示す大企業の勝ち筋」(全61ページ)を無料で公開しています。生存確認の判定基準と全10件の確認事実(表8-1)、命題への反証候補の検証まで収録しています。

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