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AT&T Foundry事業ポートフォリオの大転換が、イノベーション組織を再定義するとき 

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AT&T Foundry事業ポートフォリオの大転換が、イノベーション組織を再定義するとき 

通信の巨人が描いた「万能型イノベーションラボ」は、854億ドルの買収と売却を経て、どう変容したのか

AT&Tは売上高約1,220億ドル、従業員15万人超を擁する米国最大級の通信企業です。2011年に設立されたイノベーション拠点AT&T Foundryは、世界6拠点にエリクソン、インテル、シスコといったパートナー企業を配置し、通信インフラの未来を共創する先進的な仕組みとして注目を集めました。

しかし、AT&Tが経験した事業ポートフォリオの大転換――WarnerMedia買収とその売却――は、イノベーション組織のテーマ、形態、スコープを根本から揺さぶりました。本記事では、AT&T Foundryの設立から現在までの変遷を追い、事業ポートフォリオの転換がイノベーション組織に何をもたらすのかを構造的に描写します。

黄金時代:AT&T Foundryの設計思想(2011-2019)

AT&T Foundryは2011年、通信業界のイノベーションを加速するための共創拠点として発足しました。エリクソン、インテル、シスコなどの技術パートナーから約1億ドルの出資を受け、パロアルト、プラノ(テキサス)、ヒューストン、アトランタ、ラーナナ(イスラエル)、メキシコシティの6拠点にラボを展開しました。

各拠点には明確な研究テーマとスポンサー企業が配置されていました。パロアルトはシリコンバレーのスタートアップとの接点を担い、プラノはAT&T本社に近い統括拠点として機能し、ラーナナはサイバーセキュリティと通信ソフトウェアの研究を担当していました。単なるコワーキングスペースではなく、テーマと資金源が拠点ごとに紐づいた構造が特徴です。

Foundryは毎年およそ500社のスタートアップと連携し、通信ネットワークの自動化、IoTプラットフォーム、モバイルアプリケーションなど、幅広い領域でプロジェクトを推進しました。累計500件以上のプロジェクトが実行され、いくつかはAT&Tの商用サービスに組み込まれています。

TIP:社員がVCピッチを行う社内イノベーション

Foundryと並行して機能していたのが、TIP(The Innovation Pipeline)と呼ばれる社内クラウドソーシングプラットフォームです。社員が自発的にアイデアを提出し、他の社員による投票と議論を経て、有望なアイデアがAngel Committeeでプレゼンテーションの機会を得ます。Angel Committeeの役員がVCのように機能し、シード資金を提供する仕組みです。

TIPからは累計4,500万ドル以上のシード資金が社内プロジェクトに投じられました。このプラットフォームが生んだ成果の一例がDriveModeです。運転中のスマートフォン操作を自動制御するアプリケーションで、社員のアイデアからTIPを経て商用化され、最終的にはAT&Tの標準サービスに組み込まれました。

さらに、2017年のAT&T Developer Summitで示された「9つのイノベーション指針」は、Foundryの運営哲学を端的に表していました。「失敗を許容するが、同じ失敗は許容しない」「スタートアップのスピードで動く」「顧客の問題から始める」といった原則は、大企業のイノベーション組織が陥りがちな形骸化を防ぐための実践的な行動規範でした。

大転換:メディア融合という賭け(2018-2022)

AT&T Foundryの運命を決定的に変えたのは、イノベーション組織の内部的な問題ではありませんでした。2018年、AT&Tは854億ドルでWarnerMedia(旧Time Warner)を買収します。通信とメディア・コンテンツを融合させ、配信から制作まで垂直統合する「メディア×通信」戦略への大転換でした。

この買収は、AT&Tのイノベーション組織のテーマを根本から拡散させました。Foundryが従来担っていた「IoT・通信インフラ・ネットワーク自動化」といった明確なテーマに加えて、「コネクテッドエンターテインメント」「パーソナライズドコンテンツ配信」「AR/VRメディア体験」といったメディア融合型のテーマが流入します。

問題は、通信インフラの技術革新とメディアコンテンツの事業開発が、求められる能力もスピード感も根本的に異なることでした。通信インフラの研究開発は5年から10年の時間軸で進む技術ドリブンの領域であるのに対し、メディア・コンテンツは市場の嗜好変化に即応するクリエイティブドリブンの領域です。一つのイノベーション組織が両方を同時に扱うことの困難さが、次第に表面化していきました。

そして2022年第2四半期、AT&TはWarnerMediaを売却しました。Warner Bros. Discoveryが発足し、AT&Tは約430億ドルを受領します。買収からわずか4年での方針転換でした。AT&TのCEO John Stankeyは「コネクティビティに集中する純粋な通信会社への回帰」を宣言し、メディア融合型のイノベーションテーマ――コネクテッドエンターテインメント、パーソナライズド広告、インタラクティブコンテンツなど――は実質的に消滅しました。

854億ドルの買収と430億ドルの売却。この一連の動きが意味するのは、イノベーション組織は事業ポートフォリオの「従属変数」であるという冷厳な事実です。どれほど優れたイノベーションの仕組みを構築しても、事業戦略の転換がその前提を覆す可能性がある。AT&T Foundryは、この構造的な力学を最も鮮明に示す事例の一つです。

Foundryブランドの希薄化と再定義(2021-2026)

2021年以降、「AT&T Foundry」という名称での対外発信はほぼ消滅します。正式な閉鎖が発表されたわけではありません。しかし、Foundryが担っていた機能は、より専門化された複数の組織・施策に分散していきました。

AT&T Labsは、AIとネットワーク自律化の応用研究に特化した組織として存在感を強めています。2024年に発表されたGeo Modelerは、生成AIを活用してAT&Tの全国カバレッジ予測を自律的に実行するツールで、従来は人手で数週間かかっていた分析を大幅に短縮しました。

5G Innovation Studioは、MicrosoftのAzureプラットフォームと連携し、エッジコンピューティングや産業別の5Gユースケースを検証する環境です。Foundryが「何でもやるラボ」だったのに対し、5Gという特定の技術に焦点を絞った設計になっています。

2023年には、プラノの拠点が縦軸産業別のデモスペースとしてリニューアルされました。製造、小売、ヘルスケア、金融、公共安全の各業界向けに5Gのユースケースを体験できる環境が整備され、かつてのFoundryとは異なる「顧客体験型ショールーム」としての機能を担っています。

2024年にはAT&T Developer Hubが開設され、外部の開発者がAT&Tのネットワーク機能にAPIを通じてアクセスできるようになりました。これは、Foundry時代の「拠点に来てもらう」モデルから、「APIを介してリモートで協業する」モデルへの転換を象徴しています。

オープンイノベーションの形式変化 — 拠点型からエコシステム型へ

AT&Tのオープンイノベーションの形式そのものも、Foundry時代とは大きく変わりました。かつては「6拠点にパートナー企業とスタートアップを集める」個社完結型のモデルでしたが、現在は標準規格とエコシステムを介した分散型の協業モデルへと移行しています。

O-RAN Allianceには、AT&Tを含む300以上の組織が参加しています。無線アクセスネットワーク(RAN)をオープンな標準規格で構築するこの取り組みは、従来ベンダーロックインされていた通信インフラを、複数ベンダーが参加可能なエコシステムに転換するものです。AT&Tは2026年末までに無線トラフィックの70%をオープンプラットフォームに移行する目標を掲げています。

5G Open Innovation Labは、AT&TがComcastと共同で設立したスタートアップ支援プログラムです。バッチ8の時点で17社が参加し、卒業企業は累計で3億1,300万ドルのVC調達を達成しています。Foundry時代の「AT&T単独でスタートアップを支援する」モデルから、「複数の通信事業者が共同でスタートアップエコシステムを形成する」モデルへの転換です。

Developer Hubを通じたオープンAPI提供は、イノベーションの接点を物理拠点からデジタルプラットフォームへ移行させました。外部の開発者がAT&Tのネットワーク機能を自社のアプリケーションに組み込めるようになったことで、「AT&Tの拠点に来なければ協業できない」という制約が解消されています。

この変化を一言で表現するなら、「特定拠点に企業を集めるモデル」から「標準規格・API・クラウドを介した分散型協業」への移行です。物理的なFoundryは縮小しましたが、イノベーションの接点そのものはむしろ拡大しています。

現在の注力領域(2024-2026)

WarnerMedia売却後のAT&Tは、「コネクティビティに集中する」という方針を徹底しています。年間220億ドルから240億ドルをコア通信インフラ(5G・光ファイバー)に集中投下し、イノベーション活動もこの範囲内に明確にスコープされています。

Open RANの本格展開

AT&Tはエリクソンとの5年間140億ドルの契約を締結し、Open RANの本番展開を推進しています。2025年には世界初の第三者rApp(RAN Intelligent Controller上のアプリケーション)の本番稼働を実現しました。これは、従来の閉じたネットワーク機器に対して、外部開発者が機能を追加できるプラットフォーム型のネットワークアーキテクチャへの転換を意味します。

AT&T Labs発の成果

前述のGeo Modelerに加え、AT&T Labsはネットワーク運用の自律化にAIを適用する研究を進めています。障害検知の予測精度向上、トラフィック最適化の自動化、カバレッジ計画の高速化など、「ネットワークそのものをAIで進化させる」という明確なテーマのもとで研究が統合されています。

FirstNet:公共安全ネットワーク

FirstNetは、AT&Tが米国政府との契約に基づいて構築・運用する公共安全専用の通信ネットワークです。警察、消防、救急などの第一応答者(First Responder)が、一般回線とは独立した優先接続を利用できます。2024年から2025年にかけて1,000拠点が追加され、46州で計画より46ヶ月前倒しで展開が進んでいます。

FirstNetは、AT&Tが「コア通信」に集中した結果として加速した事業の典型例です。WarnerMediaへのリソース分散がなくなったことで、公共インフラという本業に注力できるようになったと見ることができます。

リーダーシップの構成

現在のAT&Tを率いるのは、CEO John Stankeyと、CTO Jeremy Leggのコンビです。Leggは元WarnerMedia/HBO MaxのCTOであり、メディア事業のテクノロジー統括を経てAT&T全体の技術責任者に就任しました。メディア融合時代の経験を持つ人材が、コネクティビティ集中戦略のもとで技術方針を策定しているという構図は、AT&Tの転換の「連続性と断絶」の両面を象徴しています。

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