イノベーション組織
Leaps by Bayer「人類の難題」から逆算する超長期投資
解くべき壮大な課題を先に定義し、そこから逆算して投資を決定する。ハイブリッドモデルとWALY指標が支える、10年単位のインパクト投資
通常のCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)は、有望なスタートアップを探し、そこに投資します。Leaps by Bayerはその順序を逆転させました。まず「人類が直面する10の極めて困難な課題」を定義し、その課題を解決できる技術や企業に投資する。適切な企業が存在しなければ、自ら共同で設立する。
本記事では、Bayerが2015年に設立した戦略的インパクト投資組織Leaps by Bayerの仕組みを解剖し、なぜこのモデルが10年単位の超長期投資を可能にしているのかを明らかにします。
「10 Leaps」— 課題を先に定義するという逆転の発想
Leaps by Bayerの投資戦略は、「10 Leaps」と呼ばれる10の巨大な挑戦によって規定されています。ヘルスケアと農業の二大分野で、人類が直面する最も困難な課題を具体的に定義し、そこから逆算して投資先を決定する仕組みです。
この10の課題設定は、投資領域を厳格に定義する「フィルター」として機能するだけでなく、同じ志を持つ世界水準の科学者や起業家を惹きつける「求心力」としても働いています。
ハイブリッドモデル — 「投資」と「共同創業」の二刀流
Leaps by Bayerの最大の特徴の一つは、CVC(ベンチャー投資)としての機能と、ベンチャービルダー(共同創業)としての機能を併せ持つハイブリッド型モデルを採用している点です。
いずれの場合も、単なる資金提供にとどまらない「アクティブ・インキュベーション」が実践されます。Leapsのチームが投資先の戦略立案に直接関与し、Bayerが150年以上にわたって培った専門知識・研究インフラ・グローバルネットワークへのアクセスを提供。さらに、CEOやCSOといった経営人材の採用支援まで行います。
WALY指標と「社内出島」— 超長期投資を支える制度設計
WALY: インパクトの「共通通貨」
WALY(Wellbeing Adjusted Life Years)は、Happiness Research Instituteと共同開発された、社会的インパクトを測定する独自指標です。ある技術がもたらす人々の主観的な幸福度の改善量を、その効果が持続する年数で重み付けして算出します。
従来の医療経済評価(QALY等)とは異なり、人々の主観的な幸福度そのものを測定する点が特徴です。これにより、「アルツハイマー病の治癒」と「大気汚染の削減」といった異なる分野のインパクトを「共通通貨」として比較可能にし、「幸福度に対する投資収益率」の算出を試みています。
「構造化された自律性」を持つ社内出島
Leaps by BayerはBayer AGの社内ユニットとして運営されていますが、短期的な業績目標や官僚的なプロセスから意図的に隔離された「社内出島」として機能しています。
重要なのは、Leapsの責任者がBayer医薬品部門の事業開発(BD)責任者を兼務している点です。この兼務体制により、「壮大なミッション(10 Leaps)」と「事業上の戦略的価値(買収可能性)」の両方を一貫した視点で評価できます。さらに、CEO直轄のレポートラインと監査役会のイノベーション委員会による監督が、全体の戦略整合性を保証しています。
代表的な事例 — 共同創業・投資・IPO
BlueRock Therapeuticsの事例は、Leapsが描く理想的なプロセスを体現しています。共同創業から大規模投資、経営支援を経て、最終的に親会社による戦略的買収に至る。単なる財務的リターンを超え、Bayerグループ全体の事業ポートフォリオを根本から強化する「戦略的リターン」を実現したのです。
3つの独自性が生む競争優位
Leaps by Bayerの成功は、単なる資金力ではなく、3つの独自要素が有機的に結合した組織設計によるものです。
第一に、ミッション主導によるリソース集中。10 Leapsが投資領域を厳格に定義することで、経営資源を散逸させず、最もインパクトの大きい分野へ戦略的に資本を集中させています。
第二に、ペイシェント・キャピタルによるディープテック領域での優位性。Bayer本体の自己資本を背景に、アーリーステージ企業へ大規模な長期資金を供給し、短期的な資金調達圧力から解放しています。
第三に、「自律とシナジー」を両立させる制度設計。責任者の兼務体制がイノベーション探索機能と事業化機能の断絶を埋め、投資先には「アームス・レングス(腕の長さ)」の関係を維持することで、スタートアップの機動力と革新性を損なわずにBayerのリソースを活用可能にしています。
2025-2026年の動向 — 本体リストラ下での投資継続
Leaps by Bayerの直近の動向を理解するには、Bayer本体が置かれている状況を踏まえる必要があります。
2025年に入ってもLeapsは積極的な投資活動を継続しています。2025年1月には次世代細胞治療のBe BiopharmaがSeries Cで9,200万ドルを調達し、植物性タンパク質のNuCicerもSeries Aで1,200万ドルを獲得。Leapsの累計コミットメント額は13億ユーロに到達しました。
一方、Bayer本体は大規模なリストラクチャリングの最中にあります。累計1万2,000人超の人員削減を実施し、2026年末までに20億ユーロのコスト削減を目標に掲げています。しかし、Leaps部門への直接的な縮小は現時点で確認されていません。2026年3月の投資家向け資料においても、AskBio(遺伝子治療)、BlueRock Therapeutics(細胞治療)、Dewpoint Therapeutics(生体分子凝縮体)への継続投資が明記されています。
出典: Bayer Investment Case, 2026年3月
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