イノベーション組織
Marriott Innovation Lab「本番ホテル」を丸ごと実験場に変える3層検証モデル
新本社4階のプロトタイプ工房、13ブランドのフルスケール客室、そして世界初の「ライブベータホテル」
初出 2026-04 / 最終更新 2026-06
ホテル業界の実験は難しい。製造業のように試作品を工場で回すわけにいかず、ソフトウェアのようにA/Bテストを気軽に走らせることもできない。ゲストが実際に滞在する「本番環境」でしか、本当の検証はできないからです。
Marriott Internationalは、この制約を逆手に取りました。新本社4階のラピッドプロトタイピング工房、隣接ホテルの検証フロア "Floor57" のフルスケール客室、そしてシャーロットの446室の「ライブベータホテル」。3つの物理的な検証レイヤーを構築し、コンセプトからグローバル展開までの検証を段階的に加速する仕組みを設計しています。
3層の検証モデル — Design Lab / Floor57 / M Beta
Marriottの検証プロセスは、3つの物理空間に対応する3つのフェーズで構成されています。それぞれ異なる忠実度(フィデリティ)でコンセプトを試し、段階的にリスクを減らしながらスケールしていく設計です。
Design Lab / Room27(新本社4階、約8,400平方フィート)
[2026年6月追記]本施設は2022年9月の新グローバル本社開設に伴い、地下から4階へ移転し、公式名称が "Design Lab"(中核スペース Room27)に改称された。
2022年9月に開設された新グローバル本社(メリーランド州ベセスダ)の4階に設けられたラピッドプロトタイピング工房です。中核スペースは創業年1927年にちなみ Room27 と名付けられています。2022年の移転以前は本社の地下にあり "The Underground" と呼ばれていました。フォームコア、VR、実物の家具・什器を組み合わせ、客室やロビーのコンセプトを数日単位で形にします。設計図面やCGでは伝わらない「空間の感覚」を、経営陣やブランドチームが身体的に体験できる場として機能しています。
Floor 57(隣接ホテルの検証フロア)
本社に隣接する Marriott Bethesda Downtown の1フロアに設けられた検証施設 "Floor57" です(マリオットが宿泊事業に参入した1957年にちなむ命名で、物理的な57階を指すものではありません)。Marriottが展開する13ブランドのフルスケール客室が再現されており、社内関係者が実際に宿泊して体験することで、Design Labで生まれたコンセプトの実用性を確認します。プロトタイプの「見た目」ではなく「泊まり心地」を検証する、ホテル業界ならではのステップです。
M Beta(シャーロット、446室)
ノースカロライナ州シャーロットに開業した世界初の「ライブベータホテル」です。446室の本番営業ホテルでありながら、館内のあらゆる場所で新コンセプトのテストが進行しています。一般のゲストが通常料金で宿泊し、新しい客室デザイン、サービス、テクノロジーを日常の滞在の中で体験します。
「Beta Button」 — ゲストを評価者から共創者に変える仕組み
M Betaの最も独自性の高い仕掛けが、施設各所に設置された「Beta Button」です。ゲストは客室、ロビー、レストランなど館内のあらゆる場所で、新コンセプトに対する評価をボタン一つでリアルタイムに投票できます。
投票結果はロビーの大型ディスプレイ「Beta Board」にライブ表示されます。ゲストは自分の投票が集計結果にすぐ反映される様子を見ることができ、「評価される側」ではなく「一緒に作る側」としての当事者意識が生まれます。
この仕組みがもたらした最大の変化は、検証サイクルの劇的な短縮です。従来、客室デザインの検証には2〜3年を要していました。コンセプト設計、モックアップ制作、社内承認、限定展開、フィードバック収集、改修という長いプロセスを経る必要があったからです。M Betaでは、これを日単位にまで圧縮しています。
M Betaで検証された主なコンセプト
TestBED — スタートアップPoCを運営中ホテルで実施
Marriottの実験精神は自社開発にとどまりません。2016年に欧州・中東・アフリカ(EMEA)で立ち上げたTestBEDプログラムは、外部スタートアップの技術を運営中のホテルで直接検証する仕組みです。
プログラムの流れは明確に設計されています。まず公募または推薦でスタートアップを募集し、競合ピッチで選抜。採択されたスタートアップは、Marriottのホテルで6〜10週間のPoCを実施します。検証期間中は実際のゲストがサービスを体験し、その反応がデータとして蓄積されます。
TestBEDから生まれた採択事例
DazzleはAIアシスタントとして採択され、フロントスタッフの業務効率化を実証しました。HiJiffyはAIチャットボットとして、ゲストからの問い合わせ対応の自動化に成功。MyManuは37言語対応の翻訳イヤホンで、多言語ゲストとのコミュニケーション障壁を解消する検証を行いました。
代表的な成功事例
3層検証モデルとTestBEDを通じて、Marriottは複数の技術革新を全社展開に導いています。以下は、その中でも特にインパクトの大きかった事例です。
2024-2026年の最新動向 — AIとクラウドネイティブ移行
Marriottのテクノロジー戦略は、2024年以降さらに加速しています。最大の構造変化は、中央予約システム(CRS)、プロパティマネジメントシステム(PMS)、ロイヤルティプラットフォームのクラウドネイティブ化です。
AmadeusとのCRS刷新、Oracle(Opera Cloud)へのPMS移行が並行して進行中であり、9,000を超える施設の基幹システムを段階的にクラウドへ移行しています。この移行が完了すれば、新機能の展開速度が根本的に変わります。従来はホテルごとにオンプレミスで個別対応していた機能追加が、クラウド経由で全施設に一斉配信できるようになるからです。
AI領域では、社内に設置したAIインキュベーターから150件以上のユースケースが創出されています。レベニューマネジメント(収益最適化)、カスタマーサービス、パーソナライゼーション、バックオフィス業務など、適用範囲はフロントからバックまで多岐にわたります。
Marriottが2026年の目標として掲げているのが、エージェンティックメッシュの実現です。これは、用途別に構築された複数のAIエージェントが相互に連携し、ゲスト体験とホテル運営の双方を最適化する構想です。予約AIがゲストの嗜好を理解し、コンシェルジュAIが現地情報を提供し、オペレーションAIが客室準備を最適化する。個別のAI導入ではなく、AIエージェント同士の「連携」を設計している点が、Marriottのアプローチの特徴です。
更新履歴
2026-06: 2022年新本社移転を反映し施設名を現行公式「Design Lab(4階・Room27・約8,400 sq ft)」へ更新(旧称 The Underground は移転前の地下設備)。Floor57 は1957年由来の命名で物理的階数でない旨を明記、隣接ホテル名を訂正(出典: Marriott PR 2022-09-19 / traveler.marriott.com)
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