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P&G Ventures世界最大の消費財メーカーが「未参入カテゴリー」で10億ドルブランドを創る方法 

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P&G Ventures世界最大の消費財メーカーが「未参入カテゴリー」で10億ドルブランドを創る方法 

既存ブランドの延長を一切行わない専門組織が、D2Cで仮説を検証し、小売で一気にスケールする

初出 2026-04 / 最終更新 2026-06

P&G(Procter & Gamble)は売上高約840億ドル、R&D投資は年間約21億ドルで消費財業界最大規模を誇ります。Tide、Pampers、Gillette、Febreezeなど、10億ドル超のブランドを25以上抱える「メガブランドの工場」です。

一方で、P&Gは消費財メーカーでありながら、界面活性剤、高分子化学、フレグランスケミストリーなどの素材技術がコアコンピタンスです。後述するZevo、Spruce、EC30はいずれも独自の化学技術がプロダクトの核であり、「素材・化学の知見を消費者向け製品に変換する」企業として捉えると、その事業構造がより正確に見えてきます。

本記事では、P&Gが2015年に設立した社内ベンチャー組織P&G Venturesの仕組みを解剖します。「既存ブランドの延長は一切行わない」という徹底した切り分けのもと、未参入カテゴリーで新たな10億ドルブランドの創出を目指す組織です。

P&G Venturesとは何か

P&G Venturesは2015年に設立された社内ベンチャー組織です。ミッションは明確で、「P&Gが現在参入していない領域で、新たな10億ドル規模のブランドを創出する」こと。既存ブランドの改良や延長線上の新製品ではなく、P&Gにとって完全に新しいカテゴリーへの参入だけを担います。

拠点はコネティカット州プレインビル。本社シンシナティとあえて地理的に分離している点が象徴的です。既存事業の論理(ブランドマネージャーの短期P/L思考、既存チャネルへの依存、カニバリゼーションの回避)から物理的に距離を置くことで、「新しいカテゴリーを一からつくる」という思考を組織的に守っています。

コアチームは25名未満。ここに他部門からの出向者が加わる小規模な体制です。前マネージングディレクターのBetsy Bluestoneがこの組織を立ち上げ、現在はFabric & Home Care部門CEOのSundar Ramanが兼任する体制に移行しています(この組織変動については後述します)。

[2026年6月追記]2025年6月以降、P&G は全社規模の構造改革(非製造部門を中心とする人員削減)を進め、2026年1月に Shailesh Jejurikar が新CEOに就任しました。この再編下で P&G Ventures は Fabric & Home Care 部門CEOの兼任体制となり、独立ユニットとしての対外発信は以前より控えめになっています。一方で Zevo・Spruce など近年のブランドは継続しています。

4フェーズモデル — Discovery / Create / Build / Scale

P&G Venturesは、新カテゴリーの探索から事業化までを4つのフェーズで進めます。各フェーズで明確なゲートを設け、仮説が検証されなければ資金が止まる「段階的資金供給(Metered Funding)」の仕組みが組み込まれています。

Discoveryでは、大学の研究室、VC、個人発明家など外部のネットワークから技術や課題をソーシングします。重要なのは「P&Gが現在参入していないカテゴリーの課題」という明確なフィルターがあることです。既存事業と重なる領域は、どれほど有望であってもVenturesの対象外です。

Createでは、Discoveryで特定された課題に対してP&Gの巨大なR&Dリソース(全世界17拠点、8,000人超の研究者)を投入し、製品コンセプトを具体化します。ここでP&Gの規模が活きます。消費者テストの設計・実施能力、化学分析のインフラ、規制対応のノウハウは、スタートアップ単独では到底持てないものです。

BuildフェーズがVenturesの最も独自性の高い部分です。最初からWalmartやTargetの棚を目指すのではなく、まずD2C(Direct to Consumer)でローンチし、消費者の実際の購買行動で需要を検証します。D2Cで一定の牽引力が確認された後に、Target、Home Depot、Walmartといった大手小売チェーンに順次展開していきます。

Scaleでは、十分に成長したブランドをP&G本体のSBU(Strategic Business Unit)に移管するか、後述するM13 Launchpadを活用して外部スタートアップとして独立させるかを選択します。

Lean Innovationアプローチ — 「問題に恋をする」設計思想

P&G Venturesの運営哲学は、従来のP&Gの開発プロセスとは明確に異なります。

まず、3人チーム「Founders」制。各プロジェクトは、マーケティング・技術・ビジネス開発の3つの機能を持つ少人数チームが担います。このチームは特定の「ソリューション」ではなく「消費者の課題」を所有します。P&G Venturesが繰り返し使うフレーズが「ソリューションではなく問題に恋をする(Fall in love with the problem, not the solution)」です。課題の定義が正しければ、ソリューションは何度でも変えられるという考え方です。

次に、段階的資金供給(Metered Funding)。従来のP&Gの製品開発では、初期段階で大きな予算が承認され、長期間かけて完成品を仕上げるプロセスでした。Venturesでは、各フェーズのゲートで仮説が検証された場合のみ次のフェーズの資金が供給されます。仮説が棄却されれば、プロジェクトはそこで停止します。

この手法により、開発費を25〜50%削減し、開発期間を最大50%短縮したとP&Gは報告しています。巨大企業のR&Dリソースと、スタートアップ的な仮説検証の速度を両立させるための仕組みです。

主要ブランドの成果と教訓

P&G Venturesから生まれたブランドには、成功事例と撤退事例の両方があります。その両方を公平に見ることで、このモデルの強みと限界が明確になります。

Zevoの成功は、4フェーズモデルの有効性を示す好例です。外部技術のソーシング(Discovery)、P&GのR&Dによる製品化(Create)、D2Cでの需要検証(Build)、大手小売への展開(Scale)という一連の流れが設計通りに機能しました。

一方、Opteの撤退は構造的な教訓を含んでいます。CES 2019でのデビューから製品化まで3年以上かかり、最終的に$599という価格で投入されました。消費者の「欲しい」と「買える」の間にある溝を、D2Cでの検証段階で十分に測定できなかった可能性があります。Lean Innovationの原則 ―「段階的資金供給で仮説を検証する」― を掲げていても、技術的に魅力的なプロダクトへの期待が先行すると、価格感受性という基本的な仮説検証が甘くなるリスクがあることを示しています。

M13 Launchpad — 出口設計の革新

2019年、P&GはVC firm M13と提携し、M13 Launchpadというユニークな仕組みを構築しました。社内で育てたブランドを、外部VC資本を活用して独立スタートアップとして運営させる枠組みです。

従来の大企業のイノベーション組織には、出口(Exit)の選択肢が限られていました。成功すれば本体の事業部に移管し、失敗すれば撤退する。この二択です。しかし、P&G本体のSBUに移管するには規模が小さすぎる、あるいはP&Gのブランドポートフォリオと整合しないケースもあります。M13 Launchpadは、この「成功したがP&G本体には合わない」ブランドの受け皿として機能します。

KindraやBodewellがこの経路で独立しました。P&Gは株式を保持しつつ、日常のオペレーションはスタートアップとして俊敏に運営させます。P&Gにとっては、投資したR&Dの成果をゼロにせず回収できる手段であり、独立したブランドにとっては、大企業の意思決定スピードに縛られずに成長できる環境を得られます。

Connect + Develop — オープンイノベーションの標準装備

P&G Venturesの活動は、P&G全体のオープンイノベーション基盤であるConnect + Developと密接に連動しています。2000年代初頭にA.G. Lafleyが推進したこの取り組みは、現在も進化を続けており、P&Gのイノベーション全体の約50%が外部起源とされています。

2024年にはConnect + Developのウェブサイトが全面刷新され、現在11件の公開ニーズ(P&Gが外部に解決を求めている技術課題)が掲載されています。外部の研究者・スタートアップが直接応募できる仕組みです。

地域別では、シンガポールでA*STAR(科学技術研究庁)、NTU(南洋理工大学)、NUS(シンガポール国立大学)との5年間のマスター研究協定を締結しました。P&G史上最大規模の学術連携とされています。また、ブリュッセルのInQbetは、ベンチャークライアントモデル型のアクセラレーターとして機能しています。

AI活用 — ChatPGからAI Factoryまで

P&Gは全社的にAI活用を加速しており、Venturesの活動にも影響を与えています。

ChatPGは、P&G社内向けの生成AIツールです。社員3万人以上が利用しており、製品開発のアイデア探索から市場分析まで、幅広い業務に組み込まれています。

AI Factoryは、AIモデルの社内デプロイ基盤です。従来6ヶ月かかっていたAIモデルの実装期間を大幅に短縮し、各事業部門が独自にAI活用を進められる環境を整備しています。

香料開発の領域では、デジタルスイートの導入により、従来の5倍の速度で新しい香りの開発が可能になったと報告されています。消費者テストのシミュレーションにもAIが活用されており、Venturesの「Create」フェーズにおけるコンセプト検証の高速化に寄与しています。

2026年の組織変動とウォッチポイント

2026年に入り、P&G Venturesの組織体制に注目すべき変化が起きています。

前述のとおり、マネージングディレクターのBetsy BluestoneからFabric & Home Care部門CEOのSundar Ramanへと統括が移行しました。Ramanは巨大な既存事業部門のCEOを兼任しながらVenturesを見る体制です。この変化は、Venturesと本体SBUの連携強化という前向きな解釈もできますが、「新カテゴリー創出専門組織」としての独立性が低下するリスクも孕んでいます。

同時期にP&Gは全社で約7,000人の人員削減計画を発表しています。Venturesのコアチーム(25名未満)に直接影響があるかは公開情報からは確認できませんが、コスト効率を重視する全社方針の中で、長期的な新カテゴリー探索にどれだけのリソースが維持されるかは不透明です。

更新履歴

  • 2026-06: 2025年6月の全社構造改革・2026年1月のCEO交代の文脈を追記。公式リンクを us.pg.com に確認(pgventures.com は失効)

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