イノベーション組織
Samsung C-Lab「キャリアリスクの無効化」による人材の解放
精神論ではなく、制度で挑戦を支える。5年復職保証がスピンオフ企業の3年生存率98%を実現する
「社内起業プログラムを作ったが、手を挙げる社員がいない」。多くの大企業が直面するこの課題の根本原因は、社員の意識やモチベーションではありません。キャリアリスクです。安定した立場を捨てて挑戦し、失敗したらどうなるのか。この問いに対して、制度として明確な回答を出したのがサムスン電子です。
本記事では、2012年に設立されたSamsung C-Lab(Creative Lab)の仕組みを分析し、「5年復職保証」という世界でも類を見ない制度が、なぜ累計959件ものプロジェクトを生み出し、スピンオフ企業の驚異的な生存率を実現しているのかを明らかにします。
「5年復職保証」-- キャリアリスクをゼロにする制度設計
C-Labの最も特徴的な制度は、スピンオフ(独立・起業)した従業員に対する「5年間の復職保証」です。事業が想定通りに進まなかった場合、5年以内であればサムスン電子の元の職位または同等のポジションに復帰できる権利が制度として保証されています。
この制度の戦略性は、「失敗の活用」にも表れています。たとえ事業を畳んで復職したとしても、その従業員は数年間の起業経験を通じて得た市場感覚、意思決定力、事業運営スキルを組織に還元します。つまり、失敗すらも組織の資産に変える設計になっているのです。
その結果は数字に表れています。スピンオフ企業の3年生存率は98%、5年生存率は65%。韓国のスタートアップ平均(それぞれ41.5%、29.2%)を大きく上回ります。
デュアルエンジン構造 -- 社内起業と外部支援の両輪
C-Labは、明確に定義された二つのプログラムを「両輪」として運営しています。
C-Lab Inside(2012年開始)は社内起業プログラムです。選抜された従業員は最長1年間、通常業務から完全に離れてプロジェクト開発に専念できます。アイデアはサムスンの既存事業領域に適合する必要はなく、創造性と革新性が最優先されます。
C-Lab Outside(2018年開始)は外部のスタートアップを支援するプログラムです。創業5年以内・シリーズB以下を対象に、サムスンは株式を取得せず、各社に最大1億ウォン(約1,000万円)の事業支援金を助成型で提供します。
この二つのプログラムにより、社内人材の潜在能力を引き出しながら、社外の斬新な技術を早期に捉えることが可能になっています。C-Lab Insideのプロジェクト成果のうち約40%がサムスンの事業部門へ移管されるなど、既存事業の強化にも貢献しています。
「外部評価」を核としたガバナンス -- 社内売上ではなく第三者が評価する
C-Labのガバナンスで注目すべきは、成功指標として社内的な売上貢献ではなく、第三者による客観的な評価を重視している点です。CESイノベーションアワードの受賞数、VCからの外部資金調達額といった指標が、プログラムの価値を証明する基準として採用されています。
プロジェクトの選定は、同僚評価と専門家審査を組み合わせた多段階のゲート方式で進められます。
開発されたプロトタイプはCESなどのグローバルイベントで展示され、市場の反応を基に事業価値が検証されます。その結果に応じて、事業部への移管、終了、またはスピンオフという判断が下されます。社内の論理ではなく、市場が次のステップを決める仕組みです。
代表的な成功事例
ホラクラシー運営とC-Lab Familyネットワーク
C-Lab内のプロジェクトチームは、上司・部下という階層を排したホラクラシー(フラットな組織構造)で運営されます。プロジェクトリーダーには、チームメンバーをサムスン内外から独自に採用する権限が与えられています。
この仕組みは二つの効果を生んでいます。第一に、リーダーにチーム編成の全権を委ねることで強烈なオーナーシップが生まれ、プロジェクトへのコミットメントが最大化される。第二に、外部からの人材採用を許可することで、社内にはない専門知識や異なる視点がチームに注入され、同質性の高い組織にありがちな思考の停滞が防がれます。
もう一つの特徴的な仕組みが、C-Lab Familyネットワークです。プログラムを卒業したすべての企業・プロジェクトが参加する公式な同窓会ネットワークで、卒業後もCESへの共同出展、サムスン製品との連携、後輩チームへのメンタリングなど、継続的な協力関係が維持されます。このネットワークは、サムスンにとって市場の最前線から最新の技術動向を吸い上げる「戦略的なセンサー網」としても機能しています。
CES 2025-2026の実績 — グローバル舞台での存在感
C-Labの国際的なプレゼンスは、直近2年のCESで一段と際立っています。
CES 2025(2025年1月)では、C-Lab Outside 12社、C-Lab Inside 2件、スピンオフ企業1社の計15件が出展しました。生体認証技術のGhostPassがBest of Innovation Awardを受賞し、C-Labの累計インキュベーション件数は912件に到達しています。
CES 2026(2026年1月)では、15社が出展。注目すべきは、Samsung Financial C-Lab Outsideが初めてCESに参加し、フィンテック領域から4社を送り出したことです。C-Lab Insideからは、時間帯ごとに最適な香りを調合するChronoMixと、簡易レコーディングソリューションEZ Recoの2件が出展しました。合計17件のCES Innovation Awardを受賞し、そのうちBest of Innovationは2件(電子ペーパーサイネージのMangoSlabとAI写真編集のStudioLab)。いずれもC-Lab Insideからスピンオフした企業です。
出典: Samsung Newsroom, "Samsung to Showcase C-Lab Startups at CES 2026"
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