エネルギー
20年で2,367件・生存率96.5%——エネルギー業界の新規事業が残した「畳まれない」逆説
電力・ガス・石油・資源開発の新規事業は20年で2,367件、生存率96.5%。始める力は十分にあるのに、利益の地図に新しい厚い土地が増えない。高い生存率が「撤退が開示されないこと」の裏返しでもある構造を、20年の活動データから解説する。
発行: アーキタイプ株式会社 / 2026年8月
シリーズ: エネルギー・資源 2つの時間の経営(第1回/全6回)
エネルギー・資源業界の新規事業について、一つの逆説から話を始めます。
この業界は、新規事業を「始める」ことにかけては、きわめて活発です。私たちが公開情報から20年分(2006〜2025年)集計したところ、電力・ガス・石油・資源開発の新規事業活動は2,367件にのぼりました。しかも、始めた事業のほとんどが生き残っています。追跡できる事業の生存率は96.5%。全業種を見渡しても高い水準です。
数字だけを見れば、健全そのものです。ところが、同じ業界の決算を事業単位まで分解して描いた「利益の地図」を重ねると、奇妙なことに気づきます。これだけ始めて、これだけ生き残っているのに、利益の地図には新しい厚い土地がほとんど増えていないのです。
始める力はある。畳まずに続いてもいる。それでも地図が変わらない——この逆説が、本連載の出発点です。本記事は、エネルギー・資源のいずれかの事業を持つ会社で、新規事業やポートフォリオを構想する立場の方に向けて、まずこの逆説の輪郭を描きます。
前提:この業界は、制度が利益の地図を書き換える
本題に入る前に、この業界の特殊性を一つだけ押さえます。エネルギー・資源は、制度が「何で稼いでよいか」を直接定義する業界です。2000年に始まった電力小売の自由化は2016年に家庭向けまで広がり、都市ガスは2017年に全面自由化、2020年には送配電が法的に分離されました。四半世紀をかけて、発電・小売は「市場の中」へ、送配電は「規制の中」へと仕分けられています。
だからこの業界の新規事業は、純粋な市場競争の話としてだけでは読めません。制度がつくった地形の上で、各社がどこに旗を立てるかの話になります。その地形を意識しながら、まず「始める力」の実態から見ていきます。
始める力は、確かにある
20年間の2,367件を、打ち手の型で分けてみます。最も多いのは新サービス(693件)、次いで新市場参入(531件)、提携(406件)、新会社設立(358件)、そしてCVC=コーポレートベンチャーキャピタル(事業会社によるスタートアップ投資・141件)と続きます。新会社設立と提携を合わせると764件——この業界は、単独で新サービスを作るのと同じくらい、「器を作って組む」ことに熱心です。

エネルギー・資源業界の20年間の打ち手構成——2,367件の活動を型で分ける。レポートより抜粋
イノベーションを推進する「器」そのものも103件を数え、最多は専任組織の設置(45件)でした。器が足りない業界ではありません。むしろ、器はよく作られています。
つまり「始める力」「組む力」「器を作る力」は、この業界に十分に備わっています。問題は、その先にあります。
それでも、地図が変わらない
始めた事業の96.5%が生き残っている。この数字は、二通りに読めます。一つは「勝率が高い」。もう一つは「撤退の判定が働いていない」。
第1章の利益地図(本連載の第3回で詳しく扱います)と重ねると、後者の解釈が現実味を帯びます。これだけ始めて、ほとんどが生存しているのに、利益の地図に新しい厚い土地が増えていない。生き残っているのに稼ぎの柱になっていない事業が、静かに積み上がっている——そう読むほうが、地図の動かなさを説明できます。
この解釈は、独立した3つの方向から裏が取れました。
開示:大手24社の直近5年の公式発表を業界横断で洗っても、新規事業領域(脱炭素・水素・生活サービス等)からの撤退を明示的に開示した例は、ほとんど見つかりません。撤退として確認できるのは、製油所の閉鎖や海外権益の売却といった、本業側の再編に偏ります
評価:撤退条件を定量的に開示している社は少数です。公開情報ベースで6軸評価を試みると、「判断基準・撤退ルール」は、この業界で最も弱い軸のグループに入りました
行動記録:先の2,367件を追っても、明確な事業終了・撤退として記録できるものは限られます
行動の記録、開示の空白、評価の弱さ——三方向から同じ絵が浮かびます。この業界の新規事業は、始まるが、畳まれない。少なくとも、畳んだことが外からは見えない。 高い生存率は、勝率の高さというより、撤退判定の不在を映している可能性があるのです。
「器」はもう、差にならない
もう一つ、20年のデータが教えることがあります。器の設置時期を並べると、驚くほど足並みがそろっているのです。2016〜2018年にアクセラレータープログラム(スタートアップを公募・支援する共創プログラム)が各社で一斉に立ち上がり、2018年以降はCVCの設立が相次ぎました。関西電力のK4 Ventures(2018年)、中部電力のファンド(2019年)、ENEOSのCVC(2019年)、近年もJERA Ventures(2023年)、出光のCVC(2024年)、東邦ガスのファンド(2024年)——同じ型の器が、ほぼ同じ時期に、業界全体で立ち上がっています。
器の選択が業界共通の波と同期しているということは、器の有無や設立の早さは、もう競争の差にならないということです。差がつくのは、器の中身——何に張るか、いつ畳むか、資本をどう回すか——のほうです。そして、その判断こそが、この業界でいちばん曖昧なまま残されています。
なぜ、畳めないのか
始める力があり、器もそろっている。それでも畳めず、地図が変わらない。この不思議の答えは、精神論でも能力論でもありません。もっと構造的な理由があります。
ヒントは、同じ一つの会社の中にあります。たとえば東京ガスの中には、利益率1%台のネットワーク事業と、30%近い海外事業が同居しています。ENEOSの中には、利益率3%弱の石油製品と、20%超の資源開発が同居しています。同じ経営陣が、まったく性質の違う2種類の事業を、同時に持っているのです。
この2種類の事業には、実は流れている時間の速さが違います。制度で報酬が決まる事業はゆっくりと、市場で価格が振れる事業は速く動く。評価のものさしも、撤退の考え方も、必要な資本も違う——にもかかわらず、多くの会社が、この2つを1枚の同じ物差しで審査しています。畳む判断が働かない理由の多くは、ここにあります。
次回は、この「同じ会社に流れる2つの時間(クロック)」を正面から取り上げます。規制資産の遅い時間と、市況資産の速い時間。その違いを見分けられるかどうかが、新規事業の評価と撤退を大きく左右します。
本記事は連載「エネルギー・資源 2つの時間の経営」(全6回)の第1回です。
記事の元になった業界レポート「エネルギー・資源 新規事業・多角化戦略」(全47ページ)を公開しています。24社・85セグメントの利益地図、2つのクロック、海外4類型、20年の新規事業データ、脱炭素の空白まで収録しています。
連載「エネルギー・資源 2つの時間の経営」全6回
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