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同じ会社に「2つの時間」が流れている——規制資産と市況資産の見分け方

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同じ会社に「2つの時間」が流れている——規制資産と市況資産の見分け方

送配電のように制度で報酬が決まる規制資産(遅い時間)と、燃料・権益のように市場で価格が振れる市況資産(速い時間)。同じ社内に同居するこの2つは、評価も撤退も資本も違う。新規事業が行き詰まる原因を、決算データで解説する。

発行: アーキタイプ株式会社 / 2026年8月
シリーズ: エネルギー・資源 2つの時間の経営(第2回/全6回)

前回は、この業界が新規事業を活発に始めているのに利益の地図が変わらない、という逆説を見ました。その最後で、畳めない理由の多くは「同じ会社の中に、流れる時間の違う2種類の事業が同居しているから」だと述べました。今回は、この2つの時間(クロック)を正面から取り上げます。これが本連載の背骨です。

同じ社内に、違う時間が流れている

具体例から入ります。東京ガスの中には、売上利益率1.2%のネットワーク事業(導管)と、29.3%の海外事業が同居しています。ENEOSの中には、2.8%の石油製品と、23.5%の資源開発(E&P)が同居しています。この差は、経営の巧拙ではありません。ネットワークの収入は制度が決め、海外上流の収入は市場価格と為替が決める——同じ経営陣が、異なる物理法則で動く2種類の資産を、同時に持っているのです。

象徴的な事実があります。この業界のセグメント利益の開示指標は、営業利益・経常利益・純利益の3種類に割れています。同じ業界の同じ「セグメント利益」なのに、物差しがそろっていない。これは、業界自身が単一の物差しでは自社を測れていないことの、静かな自白でもあります。

2つのクロックとは何か

同居している2種類の資産を、名前をつけて区別します。

規制資産(遅いクロック)は、送配電網や導管のように、料金と報酬が制度で決まる資産です。収入の上限が国の承認で決まると考えてください。リターンは薄く固定されるかわりに、需要がある限り安定します。時間はゆっくり流れ、投資の回収は数十年単位です。

市況資産(速いクロック)は、燃料・発電・トレーディング・海外権益のように、価格が市場で決まる資産です。リターンは大きく振れます。時間は速く流れ、参入と撤退のタイミングが損益を左右します。

2つのクロックの対照表——規制資産(遅い時間)と市況資産(速い時間)。レポートより抜粋

上のキーチャート(図C5)は、この2つが「資産の例」「価格の決まり方」「時間の単位」「求める資本」「撤退の位置づけ」の5点でどう違うかを一覧にしたものです。同じ会社の中に、この2列が並走している——これが、この業界の構造です。

クロックの違いは、3つの装置を変える

なぜ、クロックを見分けることが実務で効くのでしょうか。それは、クロックの違いが新規事業の運営に必要な3つの装置を、根本から変えるからです。

装置1:評価のものさし。遅いクロックの事業は、回収に数十年かかるかわりに収入の予見性が高い。ここに「3年で黒字化」という速いものさしを当てれば、すべての案件が不合格になります。逆に、速いクロックの事業に「安定収益になったか」という遅いものさしを当てれば、撤退すべき局面で持ち続ける判断を誘発します。

装置2:撤退の設計。速いクロックの資産は、入るタイミングと同じくらい、出るタイミングが損益を決めます。洋上風力の第1ラウンド公募(2021年12月に事業者を選定)で複数海域を落札した陣営が、資材高騰と金利上昇を受けて2025年8月に開発中止を公表した事例は、速いクロックの事業を「一度決めたら完遂する」という遅いクロックの流儀で運ぶことの危うさを示しました。撤退は失敗の証明ではなく、速いクロックの事業に最初から組み込んでおく装置です。

装置3:資本の性質。遅いクロックには低利の長期資本が、速いクロックには振れを吸収できるリスク資本が要ります。同じバランスシートから両方に出すのであれば、少なくとも社内では資本コストを分けて考える必要があります。

評価・撤退・資本。この3つがクロックとずれていると、アイデアの質を議論する前の段階で、案件は死にます。

実際、多くの会社では、この2つのクロックの事業が、1枚の同じ投資評価表・同じ稟議フォーマットで審査されています。速いクロックの案件は「3年で黒字化」の一行で落ち、遅いクロックの案件は撤退条件がないまま自動的に続く——物差しが1枚しかないことの帰結は、この両方向で同時に起こります。前回見た「始まるが、畳まれない」の正体の多くは、ここにあります。

一番危ないのは、「どちらでもない」中間

ここで一つ、注意すべき土地があります。前回・次回で扱う利益地図の最大の土地——利益の6割を占める国内エネルギー本業(発電・小売・都市ガス)は、実はどちらのクロックとも言い切れない「中間」なのです。発電・小売は2016年に市場化されましたが、燃料費調整や経過措置料金など制度の名残が厚く、完全な市況でもありません。

利益の6割がこの中間に置かれたまま、各社は「規制の安定」も「市況の上振れ」も部分的にしか受け取れずにいます。これは企業の怠慢ではなく、25年かけた制度改革の設計がそうなっているという事実です。ただし、次の一手をどちらのクロックに寄せるかは、企業が決められます。

次回:では、利益は実際どこにあるのか

2つの時間という補助線を引くと、この業界の見え方が変わります。同じ会社の事業を、速い時間で動くものと遅い時間で動くものに色分けするだけで、「どの物差しで測るべきか」「どこで撤退を設計すべきか」が見えてきます。

次回は、この補助線を手に、24社・85セグメントの決算を分解した「利益の地図」を広げます。額の大きい土地と、率の厚い土地はまったく違う場所にありました。利益がいまどこにあり、それがどちらのクロックの土地なのかを、一枚の地図で確かめます。


本記事は連載「エネルギー・資源 2つの時間の経営」(全6回)の第2回です。

記事の元になった業界レポート「エネルギー・資源 新規事業・多角化戦略」(全47ページ)を公開しています。24社・85セグメントの利益地図、2つのクロック、海外4類型、20年の新規事業データ、脱炭素の空白まで収録しています。


連載「エネルギー・資源 2つの時間の経営」全6回

前の回:20年で2,367件・生存率96.5%

次の回:利益はどこにあるのか

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