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化学業界60社の利益地図 ── 稼ぎ頭は「機能性素材」だけではない 

業界別レポート

化学業界60社の利益地図 ── 稼ぎ頭は「機能性素材」だけではない 

「汎用から機能性へ」という業界の共通見解を、60社の決算で検証する(連載・全6回/第1回)

発行: アーキタイプ株式会社 / 2026年8月
シリーズ: 素材・化学 新規事業の地図(第1回/全6回)

日本の素材・化学産業に対する有識者による診断は、すでに出揃っています。経済産業省は、汎用石油化学品が国際的な供給過剰のなかで競争力を失う一方、機能性化学品は日本の強みだと整理しました。大手コンサルティング各社も「グローバル・スペシャリティへの進化」「事業ポートフォリオの再編」を処方箋として示しています。論点は驚くほど一致していて、要約すれば「汎用から機能性へ、選択と集中で移れ」の一言に集約されます。

私たちはこの見解に異を唱えません。むしろ出発点として考えます。そのうえで、素材・化学の主要60社の決算を一社ずつ、事業(セグメント)単位まで分解してみました。すると、処方箋が前提にしていない一つの事実が浮かび上がってきました。日本の素材・化学の利益は、「機能性素材」だけが生んでいるのではない、ということです。

本記事は、素材・化学メーカーで新規事業や事業ポートフォリオを構想する立場の方に向けて、その「利益地図」を読み解いていきます。

「汎用から機能性へ」という共通見解の土台

この共通見解の背後には、日本の素材・化学を同時に押す三つの構造的な圧力があります。

第一に、中国の汎用石化の大増設です。中国は自国内に世界規模の石油化学コンビナートを次々に立ち上げており、汎用品の市況は構造的な供給過剰に押され、価格はかつての水準に戻りにくくなっています。

第二に、脱炭素(GX)への対応です。石化の出発点となるナフサ分解(原油由来のナフサを熱で分解する工程)は大量のエネルギーを消費するため、既存設備に重い再編圧力がかかります。

第三に、成長領域の交代です。半導体、EV・電池、ヘルスケアといった分野が新しい需要を生み、汎用品が縮むなかで各社は機能性領域へと重心を移そうとしています。

三つの圧力は、いずれも「汎用は縮み、機能性へ移れ」という同じ方向を指しています。方向として、これは正しいのです。問題は、その号令が「機能性」以外の稼ぎ頭を視界に入れていないことにあります。

連結の数字は、意外なほど地味

では、機能性へ移りつつある日本の素材・化学は、高収益なのでしょうか。決算の一次データを見ると、答えは意外なほど地味です。

東証「化学」業種の上場企業は204社(2026年6月時点、JPX)。このうち売上1,000億円以上の主要企業(消費財・化粧品を除く)に絞ると60社が残ります。この60社の連結営業利益率(FY2025)の中央値は7.6%でした。三菱ケミカルグループ0.8%(前期の4.5%から急落)、三井化学4.4%、東レ3.8%、DIC5.0%──むしろ大手ほど、数字は地味です。

ただし、この連結の平均値だけを見て「日本の化学は総じて低収益だ」と結論づけるのは早計です。平均値は、その裏にある大きな断層を覆い隠しているからです。

一社の中に、稼ぐ事業と赤字を抱える事業が同居

連結の数字を、セグメント(事業区分)ごとに割ってみます。すると、まったく別の風景が現れます。

たとえば三井化学。ICTソリューションやライフ&ヘルスケアのセグメントが二桁の利益率を確保する一方、基礎化学品のセグメントは赤字を計上しています。同じ一つの会社のなかに、営業利益率13.2%で稼ぐ事業と、マイナス3.1%で赤字を抱える事業が同居しているのです。その差、16ポイント。これは三井化学に限った話ではありません。

主要60社のうちセグメント別に集計できた52社・計186セグメントを見ると、一社の中の最高利益率と最低利益率の差(社内スプレッド)の中央値は10.5ポイント。10ポイントを超える企業が28社にのぼります。186のセグメントを利益率で並べると、分布は中央に集まらず両極に張り付き、赤字のセグメントが11、利益率15%を超える高収益セグメントが34ありました。

つまり「素材・化学の利益」は、企業単位ではなく、事業(セグメント)単位で見なければ実像をつかめません。

「率」でなく「率×規模」で見ると、地図が一変

ここからが、この分析の出発点です。

高収益セグメントを「利益率」で並べると、一見もっともらしい顔ぶれが上位に来ます。東洋紡の不動産(36.2%)、デクセリアルズの電子材料(37.6%)、日産化学の機能性材料(31.2%)──。ですが利益「率」は、その事業が全社をどれだけ支えているかを語りません。東洋紡の不動産は利益率36.2%でも、利益額にすればわずか20億円です。率は高くても規模がなく、全社を支えていません。いわば規模なき堀です。

そこで、各セグメントの利益を「率×規模=営業利益額」で並べ直します。すると地図が一変します。日本の素材・化学60社の利益プール(黒字セグメントの営業利益の合計=2兆6,979億円)の稼ぎ頭は、次の顔ぶれでした。

(出所:各社有価証券報告書 FY2025、EDINET。セグメント営業利益で算出)

稼ぎ頭の顔ぶれは、一様ではありません。単独で最大なのは日本ペイントのアジア塗料。これに医薬、そして「機能性スペシャリティ」の代表格にあたる半導体・電子材料、住宅が続きます。半導体・電子材料はFY2025に稼ぎを大きく伸ばして上位に並びましたが、それは塗料・医薬・住宅という別の機構の堀と肩を並べる一角にすぎません。堀は「率」ではなく「率×規模」で見る必要があります。これが、利益地図を読み解く第一の鍵です。

利益プールは「5つの機構の堀」に分散

利益額の上位を眺めると、それらが守っている堀は一様ではないことが分かります。堀の正体を整理すると、大きく次のように分けられます。

- ① 擦り合わせ素材:顧客の製造プロセスに深く食い込み、簡単には他社へ乗り換えられない(半導体・電子・光学材料など)

- ② 規制障壁:登録・認可・薬事が新規参入を阻む(医薬・農薬・ワクチンなど)

- ③ 景気非連動・ブランド・内需:需要が景気に左右されず、地産地消やブランドで守られる(塗料・住宅・産業ガスなど)

- ④ 規模・寡占:汎用品でも世界シェアを握れば価格を守れる(酢ビ・MMA・吸水性樹脂など)

- ⑤ 汎用石化・基礎化学:明確な堀を持たない(基礎石化・汎用樹脂など)

186のセグメントをこの型で分類し、黒字プール2兆6,979億円を100%として按分すると、利益は次のように分散していました。

(出所:FY2025・EDINET。黒字セグメント計2兆6,979億円を100%とした機構別構成比。分類は各社の事業内容に基づく解釈です)

素材・化学60社の利益プール機構別構成(黒字プール2兆6,979億円=100%)。レポートより抜粋

ここに、二つの重要な事実が読み取れます。

第一に、「機能性へ移れ」が指す①擦り合わせ素材は、最大級ではあっても利益プールの3割にとどまるということです。残る7割は、ほぼ同じ大きさの③景気非連動、②規制、④規模・寡占といった別の機構に分散しています。①と③は僅差で拮抗しており、どちらか一方が突出しているわけではありません。先行レポートの処方箋は①に光を当てますが、それと並ぶ他の堀を、ほとんど視界に入れていないのです。

第二に、⑤汎用石化・基礎化学は、黒字プールの約7%しか稼がない一方、業界の赤字(▲368億円)の91%をこの一機構が背負っているということです。FY2025は石化市況が反発したため⑤の赤字幅は前年より縮みましたが、これはコスト構造が改善したからではなく、市況の谷が浅かったからにすぎません。市況が再び振れれば、⑤の赤字幅は前年度の水準へ戻ります。

自社の堀は、5つのどれにあるか

利益地図が教えているのは、堀には5つの種類があり、それぞれ大きさも、守られ方も異なるという事実です。「機能性スペシャリティへ」という号令は、業界の全員を同じ領域(①)へ向かわせます。ですが①は利益プールの3割にとどまり、しかも──次回に見るように──最も汎用化が速く、中国の追い上げに最も晒される機構でもあります。

新規事業を構想するとき、最初に確かめておきたいのは次の2点です。自社の最大の堀は5つの機構のどれにあるのか、そしてそれを「率」だけで見て規模を見落としていないか。この2点を押さえるだけで、次に踏み出す領域の選び方は変わってきます。

そしてもう一つ、まだ触れていない問いが残っています。それは堀の「寿命」です。同じ堀でも、景気の谷に耐えられるか、10年の汎用化に耐えられるかは大きく違います。次回は、堀が何年もつのかを時間軸のデータで測ります。


本記事は連載「素材・化学 新規事業の地図」(全6回)の第1回です。

記事の元になった業界レポート「素材・化学 新規事業・多角化戦略 実態調査」(全60ページ超)を公開しています。60社の利益地図、5つの堀の機構と寿命、先駆企業6社の事例、20年の新規事業データまでを収録しています。

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