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事業ポートフォリオ再編の成功事例6社 ── 富士フイルム・東レ・旭化成らの共通論理 

業界別レポート

事業ポートフォリオ再編の成功事例6社 ── 富士フイルム・東レ・旭化成らの共通論理 

堀を掘り直した6つの型と、掘り直せなかった1社(連載・全6回/第4回)

発行: アーキタイプ株式会社 / 2026年8月
シリーズ: 素材・化学 新規事業の地図(第4回/全6回)

前回まで、利益地図(第1回)、堀の寿命(第2回)、汎用石化の原料構造(第3回)を見てきました。ですが、地図と命題だけでは、作り手の手は動きません。本記事は、実際に本業から遠い領域へ多角化し、堀を掘り直した6社を「型」として示します。そして、同じように多角化しながら堀を築けなかった1社を、反面教師として扱います。

以下の事例は、すべて有価証券報告書・IRリリース・統合報告書などの一次ソースで、年・スキーム・金額を確認できたものに限っています。素材・化学メーカーで事業ポートフォリオ再編を担う立場の方に向けた内容です。

型1|本業の市場消失からの全面組み替え ── 富士フイルム

最も劇的な掘り直しは、本業そのものが消えた企業から生まれました。富士フイルムホールディングス(連結売上3兆3,570億円)の主力だったカラーフィルムは、世界総需要が2000年にピークを打ち、以後急速に縮小します。同社は2004年頃に「第二の創業」を掲げ、フィルム技術の転用を進めました。高純度コラーゲンの精製技術を化粧品「アスタリフト」へ(2006〜2007年発売)、精密製造技術を半導体フォトレジストや偏光板保護フィルムへ。①擦り合わせ素材の堀は、ここで生まれています。

医薬へは、転用では届かず、外部M&Aで能力そのものを買いました。2008年に富山化学工業をTOBで子会社化、2011年にメルクのバイオ医薬受託製造事業を取得し、後のバイオCDMOの基盤とします。掘り直しは撤退とセットでした。2023年には電子カルテ事業を譲渡しています。写真フィルムの会社は、いまヘルスケア(②規制)とエレクトロニクス材料(①擦り合わせ)に高収益の堀を持つ会社になりました。本調査の6軸スコアは29点と、60社中で最高です。

型2|数十年の忍耐R&Dで擦り合わせ堀を築く ── 東レ

買って入るのではなく、自前で、数十年かけて掘る型もあります。東レ(連結売上2兆5,851億円)の炭素繊維「トレカ®」は、1961年に研究を始め、1971年に商業生産に入りました。ですが本当の試練はその後です。事業化後も長期にわたって赤字が続き、ゴルフシャフトなどの民生用途で事業を支えながら、航空機構造材という最終用途を待ち続けました。商業生産の開始(1971年)から本格黒字化(2007年頃)まで、およそ36年です。

待った先に、堀が築かれました。ボーイング787向けに2006年に一次構造材への全面採用が決まり、2015年には契約が総額1.3兆円(110億ドル)超に達しました。炭素繊維複合材料は、直近のFY2025でも売上3,001億円・事業利益176億円(OP5.9%)を確保しています。40年近い赤字を許容できる財務体力があってはじめて成立する型です。

型3|景気非連動の堀を基盤に、隣接へ連続M&A ── 旭化成

安定した足場から何度も跳ぶ型もあります。旭化成(連結売上3兆745億円)はレーヨンで創業した会社ですが、いまの屋台骨は繊維ではありません。1972年に始めた住宅事業(ヘーベルハウス)です。FY2025の住宅セグメントは売上1兆885億円・営業利益998億円(OP9.2%)で、連結営業利益の約43%を占めます。注文住宅は需要が景気に連動しにくく、③景気非連動の最も堅牢な堀です。

この安定した足場が、医薬・ヘルスケアへの連続M&Aを支えました。2012年に救命救急機器のZOLL Medical(約22.1億ドル)、2020年に移植免疫抑制薬のVeloxis(約1,432億円)、2024年にIgA腎症治療薬を持つCalliditas(約1,739億円)を、立て続けに取得しています。結果、FY2025のヘルスケアは売上6,642億円・営業利益835億円(OP12.6%)と、住宅に並ぶ柱に育ちました。一方で、2026年5月には水島の石油化学誘導品事業からの撤退を決議しています。掘る手と、埋める手が、同時に動いているのです。

型4|汎用化した①から、別の①へ掘り直す ── DIC

堀が埋まりかけたとき、同じ機構のなかで「別の堀」へ乗り換える型もあります。印刷インキ世界最大手のDIC(連結売上1兆522億円)は、1986年に買収した米Sun Chemicalが欧米の主力キャッシュエンジンになっています(Packaging & Graphicセグメントは売上5,497億円)。このエンジンが、次の掘り直しを財務的に可能にしました。

同社はディスプレイ向け液晶材料という①を持っていましたが、中国勢との競争で汎用化が進みます。そこで2019年にBASFの顔料事業「Colors & Effects」を11.5億ユーロで買収し(2021年クローズ)、汎用化耐性のより高い機能性顔料という別の堀を先に確保しました。順序が示唆に富みます。新しい堀を2021年に確保したうえで、汎用化した液晶材料からは2024年に撤退し、関連特許を中国メーカーへ譲渡しています。撤退より先に、次の接続点を押さえていたのです。

型5|規制機構に参入し、最長寿命の堀を得る ── 日産化学

最も長持ちする堀は、技術ではなく、登録・認可という制度の壁の内側にあります。日産化学は、農業化学品と機能性材料を二本柱に、連結営業利益率で20%を超える高収益を続けています。新規農薬は、農林水産省・厚生労働省・環境省という3省の審査を経るため、開発から登録まで長い年月を要します。一度取得した登録の試験データは財産として蓄積し、新市場へ援用できます。登録という堀は、景気の谷でも、中国の追い上げでも、簡単には削れません。

もう一本の柱、機能性材料も高い堀を持ちます。FY2025のセグメント別営業利益率は、機能性材料31.2%、農業化学品27.1%、医薬25.9%。技術障壁の機能性材料が、規制障壁の農業化学品をも上回る高収益という事実は、堀の機構が一枚岩ではないことを示しています。

型6|経営統合を、機構の組み替えに使う ── レゾナック

統合は、規模を足すためだけのものではありません。機構そのものを組み替える手段にもなります。レゾナック・ホールディングス(連結売上1兆3,471億円)は、昭和電工が2019年に日立化成を約9,600億円で子会社化したことに始まります。昭和電工は半導体後工程向けのCMP研磨材料を、日立化成は封止材・接着材料を持っており、統合により後工程材料が一社で揃う構造が生まれました。

統合の真価は、その後の撤退に表れます。同社は「戦略適合性・ベストオーナー・採算性と資本効率」という3つの基準を公式に定義し、これに合わない事業を体系的に切り出しました。2025年7月までに、この3基準に基づく事業譲渡は累計15件に達しています。撤退で生まれた資源は、半導体後工程材料へ集中しました。経営統合という出来事を、機構の組み替えという目的に使い切った例です。

反面教師|多角化したが、堀を築けず清算局面に ── 帝人

ここまでの6社は、いずれも掘り直せた企業です。ですが、同じように本業から遠い多角化を試みながら、向かった先のいずれでも突き抜けた収益地位を築けなかった企業があります。この一社を直視してはじめて、教訓は完成します。

帝人(連結売上8,732億円)は、繊維を祖業に、パラ系アラミド繊維・炭素繊維・医薬という遠い領域へ多角化を進めました。ですが結果は分かれます。FY2025、帝人はIFRS営業損失▲707億円を計上しました(うち減損損失が889億円を占め、これを除いた実質は+182億円の黒字です)。アラミドは、デュポンの「ケブラー」に35年以上遅れて参入し、物性が同等であるがゆえに価格勝負になりやすく、炭素繊維は東レの長期契約先取りの後で集中投資まで振り切れませんでした。買収で「市場への参加権」は買えても、「堀」は買えなかったのです。

ここで誤解してはならないのは、帝人もまた撤退は実行していることです。6軸スコアリングで、帝人の撤退ルールはむしろ満点の5点です(CSP譲渡・アラミド減損など、手放す決断は下しています)。にもかかわらず清算局面にあるのは、失敗が「撤退しなかったこと」ではないことを示します。減損に追われてから手放す「止血型の撤退」になり、撤退で空いた資源を次の堀へ振り向ける掘り直しと噛み合わなかった──ここに本質があります。撤退の実行は掘り直す力の必要条件ですが、十分条件ではありません。

多角化の明暗──全面組み替えに成功した富士フイルムと、堀を築けなかった帝人。レポートより抜粋

6つの型に共通する、ひとつの教訓

6つの型は方法こそ違いますが、共通する教訓がひとつあります。掘り直しは、撤退とセットで、しかも追い込まれる前に設計してはじめて成立するということです。富士フイルムは電子カルテを、旭化成は石化を、DICは液晶材料を、レゾナックは15件を手放しました。いずれも「足場の上で、次の堀を確保したうえでの戦略的撤退」です。多くの企業にとって本当に難しいのは、型を知ることではなく、撤退の判断基準と、再配置の出口(事業部移管・カーブアウト・JV)を、掘り始める前に設計しておくことにあります。

なお、ここまでの6社はいずれも売上1兆円を超える企業ですが、堀は規模の専売特許ではありません。フォトレジストで世界シェア24.7%・営業利益率20.0%を持つ東京応化工業、エアバッグ用インフレータの精密制御技術を針なし投与デバイスへ転用するダイセル、撤退を「品種・工場・年度」まで特定して定義する日本ゼオン──「深さ」「転用力」「規律」という、規模を持たない企業でも獲得できる武器で堀を築いた中堅も存在します。

自社が掘り直すとすれば、どの型に近いか

新規事業や事業再編を構想するとき、確かめておきたいのは次の点です。

  • 自社が掘り直すとすれば、6つの型のどれに近いか。

  • その型が成立する前提(たとえば型3なら「景気非連動事業が連結利益の4割超」)を、自社は満たしているか。

  • そして、掘る手と同時に動かす「埋める手」を、持っているか。

6つの型は、いずれも「何を作るか(事業の入れ替え)」の話でした。ですが多角化の実務には、もう一つの軸があります。「どう稼ぐか(収益モデルの変換)」です。次回は、モノ売りからの脱却がなぜ「堀に接続してはじめて効く」のかを見ていきます。


本記事は連載「素材・化学 新規事業の地図」(全6回)の第4回です。

記事の元になった業界レポート「素材・化学 新規事業・多角化戦略 実態調査」(全60ページ超)を公開しています。60社の利益地図、5つの堀の機構と寿命、先駆企業6社の事例、20年の新規事業データまでを収録しています。

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