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素材メーカーのリカーリング化はなぜ進まないのか ── モノ売り脱却の3条件

業界別レポート

素材メーカーのリカーリング化はなぜ進まないのか ── モノ売り脱却の3条件

サービス化それ自体は堀を生まない。既存の堀に接続してはじめて効く(連載・全6回/第5回)

発行: アーキタイプ株式会社 / 2026年8月
シリーズ: 素材・化学 新規事業の地図(第5回/全6回)

前回まで、堀を掘り直した企業を「何を作るか(事業の入れ替え)」の軸で見てきました。ですが、多角化の実務には、もう一つの軸があります。

「どう稼ぐか」──収益モデルそのものの変換です。素材メーカーの多くは、優れた素材を作り、それを売り切る「モノ売り(フロー型)」の構造を続けています。しかし、素材は汎用化の時計に晒され、汎用化した瞬間に価格勝負へ直帰します。そこで各社は、受託サービス化、川下一貫、ソリューション提供へと、稼ぎ方の重心を移そうとしています。

本記事の主眼は「収益モデルを変換したかどうか」ではありません。変換した収益モデルが、既存の堀に接続しているかです。素材メーカーで新規事業を構想する立場の方に向けて、その見分け方を解説します。

サービス化それ自体は、堀を生まない

サービス化やリカーリング化それ自体は、堀を生みません。それが自社の擦り合わせ(①)・規制(②)・景気非連動(③)・寡占(④)のいずれかの顧客接点や参入障壁に接続してはじめて、変換は堀になります。各社のモデル変換が堀に接続しているかは、公開情報(中期経営計画・IR)から機械的に引ける三つのチェックで測れます。

  • (a) 接続先の明文化:経営が「この新モデルは、どの既存アセット(顧客接点・登録/認可・寡占ポジション)に接続するか」を中計やIRで明言しているか

  • (b) 接続先が堀か:その接続先が、堀と認定した機構(①〜④)か。⑤汎用石化・⑥その他や、接続先が未定なら、モデルを変えても堀には向かっていない

  • (c) 撤退・集中の同時定義:新モデルへ資源を寄せると同時に、何を減らす/やめるかを定義しているか

変換の4つの型と、堀への接続

代表的な変換の型を、この三つのチェックで当てはめると、次のように分かれます。

例えば、東洋紡エムシーは、触り心地・座り心地といった主観的な品質を数値化し、衣料・自動車・医療などの開発部門に「受託試験サービス」として外販しています。単なる素材供給から、顧客の設計・開発プロセスに入り込む①の接点づくりへの移動です。

四つのうち三チェックすべてを満たす「接続明示」に届くのはレゾナックの共創基盤で、材料メーカーが後工程パッケージのプロセス全体を束ね、本体の稼ぎ頭(①半導体材料)に直結しています。モデル変換の数は、堀の強さを意味しません。

素材産業に残る「白いスペース」── 真のリカーリング不在

ここで、注目すべき「不在」があります。コア60社のIR・中期経営計画を精査した範囲では、顧客が継続的に課金し、売り手にストック収益が積み上がる「真のリカーリング」(SaaS型・従量/成果課金型)への転換事例は、確認できませんでした。 三井化学は「素材提供型 → ソリューション型 → サービス提供型」への移行を掲げていますが、具体的な課金モデルの開示は方向性の表明にとどまります。

最も近いのは産業ガスのオンサイト供給(日本酸素ホールディングス・エア・ウォーター)で、顧客工場内に設備を置いて継続供給する長期契約はストック性が高いといえます。ですが、これは1950年代から続く業態固有のモデルであり、「脱モノ売り」の新しい転換ではありません。素材開発向けで真のリカーリングに達した国内例(原子レベルシミュレーションのSaaS「Matlantis」)も、素材メーカー本体ではなく、テック企業とエネルギー企業の合弁という周辺プレーヤーによるものでした。

継続課金化は、素材・化学産業にいまだ残る白いスペースです。 踏み込めるかどうかは、自社の製品が顧客の運用データにどれだけ接続できるかにかかっています。

「活動」は旺盛、だが「撤退」は弱い ── 20年データの裏づけ

このモデル変換の動きを、財務とはまったく独立した第二のデータで裏側から確かめます。アーキタイプは、公開情報から過去20年(2006〜2025年)の新規事業を縦断的に収集したデータベースを構築しています。素材・化学業種では、3,523件の新規事業と、それを担う279件のイノベーション組織(CVC・アクセラレーターなどの「器」)が記録されており、この器の数は全20業種のなかでも最多の部類に入ります。ここから、二つのことが読み取れます。

第一に、素材・化学は「器」を最も多く持つ業種のひとつでありながら、新規事業の追跡可能生存率が全業種平均を上回っています。一見すると優秀な数字ですが、生存率が高いとは、始めた事業をほとんど畳んでいないということでもあります。器は最も多く作り、事業は最も多く立ち上げ、しかしほとんど撤退しない──前回まで見てきた「撤退の弱さ」が、20年の活動記録にも同じ形で刻まれています。

第二に、20年で最も多く選ばれた打ち手の型は「新サービス化」(1,081件)であり、「新会社設立」(908件)を上回りました。素材・化学の作り手は、モノを作る事業を新たに設けるより、既存の素材にサービスを束ねる方向へ、20年をかけて重心を移してきたのです。これは「モノ売りからの脱却」が、一部の先進企業の例外ではなく、業界全体の底流であることを裏づけます。(この活動データは一次の財務数値とは別レイヤーの独自集計で、打ち手どうしの相対比較は頑健、時代をまたぐ比較は方向のみ、という読み方が前提です。)

財務構造というデータと、20年の活動記録というもう一つの独立したデータは、素材・化学は、堀を築く活動こそ旺盛でありながら、撤退と掘り直しが弱いという同じ一点を指しています。

自社のモデル変換は、どの堀に接続しているか

自社が進める(あるいは構想する)収益モデル変換を、三つのチェックで採点してみてください。

  • (a) その取り組みは、どの既存アセットに接続すると社内で明文化されているか。

  • (b) 接続先は、①〜④の堀機構か。⑤⑥・未定なら、モデルを変えても価格勝負に戻ります。

  • (c) 何を減らし、何に寄せるかを、同時に決めているか。

(a) や (c) が空欄なら、それは「活動はあるが、堀に接続していない」状態です。モデル変換は、堀の入口にすぎません。堀に接続してはじめて、汎用化の時計を止めます。では、これから新規事業を起案する担当者は、具体的にどの堀に張り、どこを避ければよいのか。最終回は、その「地図」と、今日から着手できる一歩を示します。


本記事は連載「素材・化学 新規事業の地図」(全6回)の第5回です。

記事の元になった業界レポート「素材・化学 新規事業・多角化戦略 実態調査」(全60ページ超)を公開しています。60社の利益地図、5つの堀の機構と寿命、先駆企業6社の事例、20年の新規事業データまでを収録しています。

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