業界別レポート
UPGRADE with TOKYO は「その後」を測っている — 実証から調達への転換率を公表する自治体だけが言えること
実証から調達・継続への転換率を定義付きで公表する自治体は、東京都・神戸市・全国版の三系統です。測っている自治体だけが「PoC の死の谷」を数字で否定できる理由と、連携の運転・撤退の設計を解説します。
発行 : アーキタイプ株式会社 / 2026年9月
シリーズ : 自治体が動かせるもの、動かせないもの — 事例で読む拠点都市(第3回/全6回)
本連載は、業界レポート Vol.7「スタートアップ・エコシステム拠点都市 第1期5年の検証」を、固有名詞から読み直す全6回です。レポートの結論は三つあります。成果を測る共通の物差しが存在しないこと、すそ野は40年の堆積で決まり高さは少数の個社で決まること、そして自治体が自ら動かせるのは「最初の顧客になる」「実証の場を開く」という固有機能だけであること。
第3回は、その固有機能の「その後」を測っている自治体の話です。
当社は、複数の自治体・外郭団体・民間拠点による取組に参画していますが、本連載における分析は、すべて公表されている資料・情報に基づいています。参画先で得た非公開情報は使用しておらず、個別の案件について取り上げるものでもありません。また、本連載では、公表資料をもとに分析可能な取組を対象としています。そのため、掲載の有無は各都市や取組の優劣を示すものではありません。
「行政の実証は死の谷に落ちる」という通念
実証実験を繰り返すだけで本契約や事業化に至らない状態は、「PoCの死の谷」と呼ばれます。民間の共創でも行政の実証でも、よく指摘される通念です。自治体の公募に応じて実証をやったが、その先がなかった、という話を、共創拠点を運営している方なら何度も聞いているはずです。
一方で、この「PoCの死の谷」という見方には、十分に確かめられていない部分もあります。実証を行った案件が、その後どのような経路をたどったのかを継続的に把握・公表しているケースが、まだ多くないためです。
「その後」を測って公表している三系統の自治体
レポートが公表資料で確認できた範囲で、実証から調達・継続への転換率を自ら測り、公表している自治体は三系統ありました(定義付きで公表しているのは東京都です)。
系統 | 何を測っているか | 母数・時点 | 公表値 |
|---|---|---|---|
東京都「UPGRADE with TOKYO」 | 行政課題を提示してスタートアップを公募し、実証から協働に至る仕組み。協働実績率 | 開催54回・組成62件・2026年4月1日時点 | 協働実績率 94% |
神戸市「Urban Innovation KOBE」 | 2018〜23年の案件について、課題解決率・継続率・市調達率 | 50件超・日本総研レビュー2025掲載 | 課題解決率 93%・継続率 70%・市調達率 56% |
Urban Innovation JAPAN(全国版) | 採択企業数・本格導入件数・継続率 | 採択153社・本格導入74件・2023年4月時点 | 継続率 46% |
三つの数字は、定義も母数も異なります。協働と継続と調達はそれぞれ異なる段階を示しており、母数も回数・件数・社数で統一されていません。そのため、単純に並べて優劣を比較することはできず、本レポートでもそのような比較は行っていません。
この表の目的は、比較ではなく、実証の「その後」を測っている自治体が実在することを示すことです。

測っている自治体だけが言えること
「行政の実証は死の谷に落ちる」という一般論に対して、少なくともこの三系統は異なる実態を数字で示しています。そして、それを言えるのは転換率を測って公表している自治体だけです。逆に、転換率を測っていない場合、その実証が本当にそこで止まっているのか、その後の導入につながっているのかを判断することはできません。
公表には、もう一つの効果があります。レポート第8章の提言2では、実証に開ける庁内資産を棚卸しして公開すること、そして実証から調達・継続への転換率を測って公表することを提案していますが、その理由は「事業化を本気で目指す企業にとって参加判断の材料になる」からです。
転換率を出している自治体は、実証を調達につなげる意思と手順を持っていることを、応募する側に事前に示すことができます。第2期の拠点形成計画で公共調達KPIが13拠点中9以上に設定されたことも、重点が移っている動きの一つと捉えられます。ただし、この傾向が各都市の学習なのか、国の3%目標への追随なのかは、公表資料だけでは切り分けられません。
これはレポートの中心命題である「物差しの不在」とも重なります。第1期の拠点都市では、プロセス指標は多くが達成され、バリュエーション指標は軒並み未達に終わりましたが、投入と成果を突き合わせる物差しがなく、報告の様式も都市ごとに異なっていました。転換率も同じで、測っているかどうかによって、実証の成果について語れる範囲語れることの範囲が変わります。
なぜ「測る」ことが当たり前ではないのか
第1期の拠点都市の進捗報告は自由様式の自己申告でした。レポートは年度間・資料間で数値の不整合を18件検出しましたが、それは各都市が数字を操作した証拠ではなく、自由様式・自己集計・複数の報告主体という設計のもとでは、こうした不整合が生じやすい構造になっていたと見るべきです。
問題は、不整合を検出し訂正する制度的な仕組みが第1期には存在しなかったことにあります。転換率が測られないのも同じ構造です。測る様式が決まっていなければ、測らないことが事実上の標準になりやすくなります。
海外の公的機関を見ると、この点で異なる構造が見られます。
ロンドンの London & Partners は四半期ごとにスコアカードを GLA(Greater London Authority。ロンドン市長と議会からなる広域自治体)へ報告し、中核交付金がその予算に紐づいています。ニューヨークの NYCEDC は市条例が年次報告を法定化し、支援コストと生成税収の推計をプロジェクト単位で公開しています。フィンランドの Business Finland は外部評価を出版シリーズとして全文公開しています。測定が交付条件・条例・外部評価に埋め込まれているのです。
日本の第2期は報告様式が統一されましたが、を制度的に組み込むところまでは至っていません。転換率を自ら測って公表する三系統は、この空白を自治体側から補っている例と言えます。
運転と撤退: 途中で見るべき兆候と、畳み方
レポートの第7章は、進行中の連携が形骸化していく兆候を、第1期の進捗報告で観察したものと同型で整理しています。
報告される指標がプロセス指標(イベント回数・参加者数・マッチング件数)に偏り、成果指標(調達・継続・事業化)が見えなくなる
累計だけが報告されて単年の動きが見えなくなり、期中に目標や指標が入れ替わる
実証の「その後」(調達に至ったか、継続したか)が誰にも追われなくなる
是正の手段は、相手の制度を変えることではありません。自社側で「その後」を測ることです。
調達に至った件数、継続した件数、自社の事業に接続した件数を自社のKPIに置き、相手には転換率の共有と調達部門への導線を求めます。転換率を公表している自治体は、この要求に応える準備がある自治体でもあります。
撤退の設計もこの延長線上にあります。成果の出ない連携を終わらせるのは難しく、撤退ルールが事前にないと、関係者の誰も終わりを判断しにくくなります
入口の段階で期間・成果指標・未達の場合の扱いを文書にしておくこと、すでに入口を過ぎた連携では協定や年度の更新時期を判断のアンカーに使い、「終了」でなく「実証フェーズの完了」として件数や転換率など相手が庁内で報告できる形で成果を残すこと。実証の「その後」を継続的に測っていれば、続ける判断だけでなく、終える判断にも数字を使えるようになります。
自社への問い
自社が参加した自治体の実証は、その後どうなったでしょうか。数えたことがなければ、まずはそこから始める必要があります。そして次に自治体連携を検討するときは、相手が実証から調達・継続への転換率を測って公表しているかを確認してください。公表しているなら、その定義と母数を読み解くことが重要です。公表していないなら、自社側で測る設計を最初に組み込みます。
次回は、拠点都市に選ばれなかった街で起きたことを、Spiber・電脳交通・DAIZ という三つの企業の動きから見ていきます。
本記事は連載「自治体が動かせるもの、動かせないもの — 事例で読む拠点都市」(全6回)の第3回です。
連載の全記事:
ベンチャークライアントモデルの行政版 — BMW がやったことを、福岡市とファーストカスタマー・アライアンスはどう再現したか
UPGRADE with TOKYO は「その後」を測っている — 実証から調達への転換率を公表する自治体だけが言えること(本記事)
自治体から実証や共創の打診が来たら、最初に確認する3点 — 随契認定・ファーストカスタマー・アライアンス参加・転換率の公表
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