業界別レポート
ベンチャークライアントモデルの行政版 — BMW がやったことを、福岡市とファーストカスタマー・アライアンスはどう再現したか
投資家でなく「最初の顧客」になる BMW のベンチャークライアントモデルと、Enel らのインフラ開放。民間で効いた二つの仕組みを行政に翻訳した提言1・2を、福岡市の第1号案件と国の調達比率の動きとあわせて解説します。
発行 : アーキタイプ株式会社 / 2026年9月
シリーズ : 自治体が動かせるもの、動かせないもの — 事例で読む拠点都市(第2回/全6回)
本連載は、業界レポート Vol.7「スタートアップ・エコシステム拠点都市 第1期5年の検証」を、固有名詞から読み直す全6回です。レポートの結論は三つあります。
成果を測る共通の物差しが存在しないこと、裾野は40年の堆積で決まり高さは少数の個社で決まること、そして自治体が自ら動かせるのは「最初の顧客になる」「実証の場を開く」という固有機能だけであること。
第2回は、この固有機能が民間ではどう仕組みになっていたかを起点に、行政への翻訳を追います。
当社は、複数の自治体・外郭団体・民間拠点による取組に参画していますが、本連載における分析は、すべて公表されている資料・情報に基づいています。参画先で得た非公開情報は使用しておらず、個別の案件について取り上げるものでもありません。また、本連載では、公表資料をもとに分析可能な取組を対象としています。そのため、掲載の有無は各都市や取組の優劣を示すものではありません。
民間で先に起きていたこと
「最初の顧客になる」という機能を、投資家ではなく顧客として組む仕組みにしているのが BMW です。スタートアップの投資家になる代わりに「最初の顧客」になることで、株式リスクを負わずに先端技術へアクセスする道を拓きました。これがベンチャークライアントモデルと呼ばれる仕組みです。詳しくは当社の Innovation Lab Research の記事[「BMW Startup Garage」]で扱っていますが、要点は一つで、出資でなく発注でスタートアップと組むということです。
もう一つの固有機能「実証の場を開く」にも、民間の先例があります。Enel は7,000万顧客の送電網を、Marriott は営業中のホテルを、Lowe's は実店舗を、実証の場として開きました。持っている資産をそのまま実験環境にする、インフラ開放の型です。
レポートの第8章は、大企業のイノベーション組織の設計知(役割・組織・評価の3軸)を行政組織に応用する形で7つの提言を提示しています。このうち、提言1と提言2は、ここまで見てきた二つの民間組織の型を、行政組織の文脈に置き換えたものと位置づけられます。
提言1: 施策メニューの前に、自庁の調達を設計の中心に置く
アクセラレーター、補助金、コワーキング、ピッチイベント。これらは、いずれも民間が提供できる機能であり、実際に多くの事業者が担っています。行政にしかできないのは「自ら買うこと」です。
行政版はすでに動き始めています。第1回で見たとおり、福岡市は自らが公共調達サポートの第1号案件2件の顧客となり、その一つは2026年3月に東京都が政策目的随意契約で調達しました。
国の調達に占める創業10年未満企業の比率は2020年度の0.83%から2023年度の1.39%へ上がり、目標は3%です。第2期の拠点形成計画でも、公共調達に関するKPIが13拠点中9拠点以上で設定されています。
レポートでは、年度計画の冒頭に置くべきなのは、新たな支援プログラムの追加ではなく、「今年度、自庁のどの調達をスタートアップに開くのか」という問いではないか、と提言しています。
そしてもう一つ、「減らす」側の設計も重要です。既存の施策メニューのうち、域内に同種の民間サービスが存在するものを一覧化し、必要に応じて縮小や民間への移管を検討して、浮いた財源を調達枠と実証枠に付け替えます。
これは、「民間でできることを、なぜ行政が担うのか」という問いに対する、実務的な答えの一つでもあります。政策目的随意契約の認定制度を持ち、ファーストカスタマー・アライアンスに参加することで、自庁の1件の調達が横展開の起点になります。
提言2: 行政インフラを実証環境として開く
行政は、水道・交通・道路・施設・学校という、民間が持ち得ない実証資産を持っています。福岡市の第1号案件(衛星画像による水道管の漏水調査、AIによる交通量調査)は、こうした行政資産を実証の場として開放したことで生まれました。
また、神戸市は行政課題の公募から市による調達に至るまでの実績を、東京都は実証からその後の協働につながった割合を、それぞれ測って公表しています(定義付きの公表は東京都。数字は第3回の表にまとめています)。
レポートでは、ここから二つの提言を示しています。実証に開ける庁内資産を棚卸しして公開すること、そして、実証から調達・継続への転換率を測って公表することです。
転換率を公表する三系統の存在は、「行政の実証は死の谷」という通念に対して、異なる実態を数字で示しています。公表それ自体が、事業化を本気で目指す企業にとって参加判断の材料にもなります。この転換率については、第3回で詳しく扱います。

順序が示していること、示していないこと
第1期の施策メニューは、民間でも提供可能な支援に比較的厚く構成されていました。一方、第2期では、公共調達に関するKPIが各拠点の計画に広く盛り込まれています。こうした変化は、5年間の取組を通じて、行政ならではの役割に重点が移ってきた可能性を示しています。
ただし、レポートでは、ここを単純な「学習の成果」とは断定していません。公共調達KPIが一斉に登場した背景には、各都市が独自に学習した結果だけでなく、国が掲げる「創業10年未満企業からの調達比率3%」という目標の影響も考えられます。公表資料だけでは、この二つを切り分けることはできません。
そのためレポートでは、この点を自らの仮説を覆し得る可能性の一つとして、第6章で検討しています。民間の仕組みが行政の文脈に取り入れられたことと、それが各都市の自発的な学習によって生まれたことは、分けて考える必要があります。
民間側の含意
オープンイノベーション(共創)の実務から見ると、自治体の施策メニュー(アクセラレーター・補助金・拠点)は、民間が提供するものと基本的に同じです。
自治体との連携で事業的に期待できるリターンは、固有機能に集中します。最初の顧客、実証フィールド、そして初回調達が生む信用財です。ファーストカスタマー・アライアンス参加自治体での初回調達は、全国横展開の入口になりえます。
さらに、レポート第7章では、もう一つの可能性として「第三の道」を示しています。連携先の自治体に固有機能の制度がまだ無いとき、提言1と提言2を相手の企画部門に持ち込み、自社が最初の調達案件や実証案件のパートナーとして、制度設計の段階から関わるというアプローチです。
固有機能の制度がない自治体ほど第1号案件の設計自由度は高く、初回調達が生む信用財の価値も大きくなります。福岡市の第1号案件も、その後の横展開につながった事例として、このアプローチを考えるうえで参考になります。
自社への問い
自社が自治体と組むとき、相手に求めているのは「支援」でしょうか、それとも「発注」でしょうか。
BMW が投資家でなく最初の顧客になったのと同じ転換を、行政に求めてよい時期に来ています。相手が自庁の調達を開いているか、実証に開く資産を公開しているかを、施策メニューの厚さより先に確認してください。
あわせて、入口の段階で「やめる条件」を合意しておくことも勧めます。期間、成果指標、未達の場合の扱いを最初に文書にしておくことは、相手への不信ではなく、相手の担当者が庁内で説明するための材料になります。
次回は、実証から調達への転換率を自ら測って公表している三つの自治体、東京都の UPGRADE with TOKYO と神戸市の Urban Innovation KOBE、全国版の Urban Innovation JAPAN を見ていきます。
本記事は連載「自治体が動かせるもの、動かせないもの — 事例で読む拠点都市」(全6回)の第2回です。
連載の全記事:
ベンチャークライアントモデルの行政版 — BMW がやったことを、福岡市とファーストカスタマー・アライアンスはどう再現したか(本記事)
UPGRADE with TOKYO は「その後」を測っている — 実証から調達への転換率を公表する自治体だけが言えること
自治体から実証や共創の打診が来たら、最初に確認する3点 — 随契認定・ファーストカスタマー・アライアンス参加・転換率の公表
記事の元になった業界レポート「スタートアップ・エコシステム拠点都市 第1期5年の検証 — 自治体が動かせるもの、動かせないもの」(全47ページ)を無料で公開しています。8都市圏×4年の進捗報告の時系列、47都道府県の開業率の政策前後比較、固有機能×リターン対応表、行政への7提言まで収録しています。
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