業界別レポート
特定創業支援の創業者は10年で4倍超に — それでも全国の開業率が下がる理由
産業競争力強化法の特定創業支援で創業者は10年で4倍超に増えた一方、中小企業白書の開業率は5.2%から3.9%へ下がりました。自己申告の物差しと第三者統計が別のものを測る構造を、拠点都市第1期のKPIと重ねて解説します。
発行 : アーキタイプ株式会社 / 2026年9月
シリーズ : 自治体が動かせるもの、動かせないもの — 事例で読む拠点都市(第6回/全6回)
本連載は、業界レポート Vol.7「スタートアップ・エコシステム拠点都市 第1期5年の検証」を、固有名詞から読み直す全6回です。レポートの結論は三つあります。成果を測る共通の物差しが存在しないこと、すそ野は40年の堆積で決まり高さは少数の個社で決まること、そして自治体が自ら動かせるのは「最初の顧客になる」「実証の場を開く」という固有機能だけであること。最終回は、一つ目の結論「物差しの不在」を、国の統一された物差しが存在する領域から逆に照らします。
当社は、複数の自治体・外郭団体・民間拠点による取組に参画していますが、本連載における分析は、すべて公表されている資料・情報に基づいています。参画先で得た非公開情報は使用しておらず、個別の案件について取り上げるものでもありません。また、本連載では、公表資料をもとに分析可能な取組を対象としています。そのため、掲載の有無は各都市や取組の優劣を示すものではありません。
市区町村が「創業支援の主体」になった年
日本の自治体が創業を自らの仕事として担うようになったのは、長い制度の堆積の結果です。レポートの第1章では、これを6つの波に整理していますが、転換点は2013〜14年でした。
2013年6月の日本再興戦略は「開業率が廃業率を上回る状態にし、開・廃業率を米国・英国レベル(10%台)に」を国の政策目標に据えました(当時の現状は4.5%)。同年12月公布の産業競争力強化法(2014年1月施行)は、市区町村が民間の創業支援事業者と連携して「創業支援事業計画」を作成し、経済産業大臣・総務大臣の認定を受ける制度を創設しました。
2015年の国家戦略特別区域法の改正では、自治体が事業計画を審査するスタートアップビザが始まりました。
2013年から2015年にかけて、市区町村は「協議される側」から「計画し、認定を受け、審査する側」へ移りました。
初回認定(2014年3月20日)は87件94市区町でしたが、2018年の改正で「創業支援等事業計画」に拡充され、2026年6月25日の第17回認定時点で累計1,414件・47都道府県1,580市区町村に達し、人口カバー率は99%です。
国の物差しで見ると、特定創業支援の創業者は4倍超に増加
産業競争力強化法に基づく創業支援等事業計画では、認定を受けた市区町村が毎年度、支援対象者数と創業者数を目標と実績で報告し、中小企業庁が自治体別に公表しています。
2024年度の全国合計は、支援対象者が目標212,599人に対し実績209,837人でした。創業者は目標51,656人に対し実績50,621人。特定創業支援等事業による創業者は目標27,250人に対し実績24,772人です。2014年度から2024年度で、特定創業支援等事業を受けた者は50,540人から112,492人へ増えました。その創業者は5,614人から24,772人へ増え、累計は約20万人に達しています。
裾野については、国の統一された指標が存在します。そして、その物差しで見れば、特定創業支援等事業による創業者(5,614人→24,772人)は10年で4倍超に増えました。自治体の創業支援の効果を、国はこの数字で追っています。
第三者統計で見ると、開業率は低下
しかし、同じ10年で、第三者統計である雇用保険ベースの開業率は全国で低下しています。中小企業白書2025の付属統計で推移を見ると、FY2015の5.2%からFY2023の3.9%です。日本再興戦略が2013年に掲げた「開業率10%台」には届いていません。
雇用保険ベースの開業率は、厚生労働省「雇用保険事業年報」の適用事業所数を分母に、当該年度に保険関係が新規成立した事業所数を分子にとる指標です。中小企業白書が注記するとおり、企業単位の開廃業ではなく事業所単位の雇用関係の成立を数えており、雇用者のいない事業者の開業は捕捉できません。飲食・小売を含む全業種の、雇用者を持つ事業所の新設を数えている指標です。
支援を受けた創業者は増えたのに、開業率は下がりました。二つの数字は矛盾しているのではなく、別のものを測っています。前者は「自治体の支援を経由した創業」のカウントであり、後者は「雇用を伴う事業所の新設」の比率です。
自己申告型のプロセス指標と第三者統計の乖離は、拠点都市に固有の現象ではなく、全国スケールで起きています。

拠点都市の第1期にも、同じ構図
第1期の拠点都市8都市圏について、内閣府の横断比較表では23指標のうち目標を達成したと記されたのは10指標でした(実績は2023年度末時点、目標年は2024年度末)。達成が多かったのは、マッチング件数・創出社数・ビザ認定数などプロセスと裾野の指標で、ユニコーン・評価額・調達額などバリュエーションの指標は軒並み未達でした。
ユニコーン数を目標に置いた6都市圏のうち達成したのは、目標を1社としていた仙台だけでした。自己設定の指標では達成が並び、第三者統計である開業率は低下しています。特定創業支援の全国データと、拠点都市の第1期は、同じ構図が見られます。
そのため、レポートが「物差しの不在」と呼ぶのは、正確には「都市単位のエコシステムの成果(高さと行政固有機能)を測る共通の物差しの不在」です。裾野には物差しがあり、裾野については共通の物差しが存在する一方、その指標と第三者統計が必ずしも同じ方向に動いていません。この二重構造が、第1期の検証を難しくしていました。
創業者が増えたこと自体は、事実
一つ、誤解を避けたい点があります。創業支援を受けた創業者が増えたこと自体は事実であり、その成果を否定するものではありません。
レポートで述べているのは、自己申告の物差しの横に第三者統計を並べて初めて、施策が何を動かし何を動かしていないかが読める、ということです。
第8章の提言6は、自己申告KPIの横に第三者統計(雇用保険ベースの開業率等)を並記することを、行政への提言の一つに置いています。測定を制度に埋め込むための最初の一歩は高度な計量分析ではなく、基準値・分母・出典の3点を必須にした報告様式です。
レポートでは、これに国から都市への交付の段階ゲート化、外部評価の全文公開、固有機能の稼働指標(今年度に開いた調達の件数、実証から調達への転換率、調達後の継続率)を報告の必須項目にすることを加えて、五つの一歩として置いています。
当社が大企業の新規事業を診断するときも、「判断基準」と「撤退ルール」が設計されているかは、最初に確認する項目の一つです。測れない取り組みは、続けるかどうかを誰も判断できません。物差しを一つ増やすことが、続ける判断も畳む判断も可能にします。
自社への問い
自社の共創プログラムや社内新規事業制度の報告は、どちらの物差しで書かれていますか。応募件数・採択件数・イベント回数といった自己申告のプロセス指標だけであれば、それは特定創業支援の「創業者数」と同じ性質の数字です。
その横に、事業化件数・売上・顧客数といった第三者が検証できる数字を並べたとき、二つが同じ方向に動いているでしょうか。
自治体の第1期で見られたこの構造は、共創プログラムや新規事業制度を運営する組織にも、そのまま当てはまる可能性があります。
本連載はこれで最終回です。6回で扱った固有名詞はすべて、業界レポート Vol.7 の本文に出典付きで収録しています。
本記事は連載「自治体が動かせるもの、動かせないもの — 事例で読む拠点都市」(全6回)の第6回(最終回)です。
連載の全記事:
ベンチャークライアントモデルの行政版 — BMW がやったことを、福岡市とファーストカスタマー・アライアンスはどう再現したか
UPGRADE with TOKYO は「その後」を測っている — 実証から調達への転換率を公表する自治体だけが言えること
自治体から実証や共創の打診が来たら、最初に確認する3点 — 随契認定・ファーストカスタマー・アライアンス参加・転換率の公表
特定創業支援の創業者は10年で4倍超に — それでも全国の開業率が下がる理由(本記事)
記事の元になった業界レポート「スタートアップ・エコシステム拠点都市 第1期5年の検証 — 自治体が動かせるもの、動かせないもの」(全47ページ)を無料で公開しています。8都市圏×4年の進捗報告の時系列、47都道府県の開業率の政策前後比較、固有機能×リターン対応表、行政への7提言まで収録しています。
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