業界別レポート
拠点に選ばれなかった街で、何が起きたか — Spiber・電脳交通・DAIZ
拠点都市の外で大型調達に至った Spiber・電脳交通・DAIZ。三社が示すのは、すそ野は40年のストックで決まり、高さは少数の個社で決まるという構造です。47都道府県の開業率の政策前後比較と「成果が選定に先行する」論点をあわせて読みます。
発行 : アーキタイプ株式会社 / 2026年9月
シリーズ : 自治体が動かせるもの、動かせないもの — 事例で読む拠点都市(第4回/全6回)
本連載は、業界レポート Vol.7「スタートアップ・エコシステム拠点都市 第1期5年の検証」を、固有名詞から読み直す全6回です。レポートの結論は三つあります。成果を測る共通の物差しが存在しないこと、すそ野は40年の堆積で決まり高さは少数の個社で決まること、そして自治体が自ら動かせるのは「最初の顧客になる」「実証の場を開く」という固有機能だけであること。
第4回は、二つ目の結論を、拠点都市の「外」で起きたことから見ます。
当社は、複数の自治体・外郭団体・民間拠点による取組に参画していますが、本連載における分析は、すべて公表されている資料・情報に基づいています。参画先で得た非公開情報は使用しておらず、個別の案件について取り上げるものでもありません。また、本連載では、公表資料をもとに分析可能な取組を対象としています。そのため、掲載の有無は各都市や取組の優劣を示すものではありません。
内閣府が2020年7月に選定した第1期の拠点都市は8都市圏です。5年の政策を経ても、資金調達額の73.4%、資金調達社数の68.2%が東京都に集中する構図は変わっていません(経済産業省「スタートアップエコシステム調査2026」。原データはユーザベース「Japan Startup Finance 2025」)。この記事が見るのは、その8都市圏以外の自治体です。
拠点の外にも、成果は生まれている
拠点都市圏の外にも、公表資料で確認できる成果があります。
熊本の植物肉スタートアップ DAIZ は、累計131億円超の調達(2023年)を、熊本が第2期拠点に選定される1年半前に達成しています。徳島の電脳交通は、地銀系の座組で累計約52億円(2025年4月)を調達し、47都道府県600社に導入されました。山形・鶴岡の Spiber は2007年創業で、国の拠点政策とは無関係に100億円超の調達(2024年4月)に至りました。帝国データバンクの新興・スタートアップ企業出現率(2023年)で名前が挙がる松山市と高松市も、第1期の拠点都市圏には含まれていません。
拠点に選ばれなくても成果は出ます。一方で、拠点の外であればどこでも同じように成果が生まれるわけではありません。この両面をどう捉えるかが、レポート全体を通じた重要な問いの一つです。
なお、出現率という指標の読み方には注意が必要です。帝国データバンクの新興・スタートアップ企業出現率は、設立5年未満の企業が全企業に占める割合を市区郡単位で算出したものです。そのため、VC調達型のスタートアップに限らず、補助金を契機とした法人設立や既存事業者の新会社も含みます。
分母が市区郡であり、登記住所の集積や企業数そのものの少なさが順位に影響する場合もあるため、区単位の数字を市域のエコシステムの成果として読むことはできません。レポートが県名や序列を図に付けないのは、指標ごとに測っているものが違い、並べると優劣に見えてしまうからです。
Spiber の17年が示すもの
三社のうち、レポートで「ストック」の説明に用いているのが Spiber です。2007年創業の同社が100億円超の調達に至るまでに17年を要し、その間、山形県と鶴岡市は慶應義塾大学の先端生命科学研究所への公費支援を続けました。国の拠点政策とは無関係ですが、地元自治体の長期の座組がストックを形成した例です。
ストックは形成することができますが、それは5年の単位ではなく、20年、40年という単位で考える必要があります。都市の開業率の水準を決めているのは、人口規模と若年流入、大学と研究機関の配置、既存産業の集積、本社機能、交通、地価と開業コストなど、短期の政策だけでは変えにくい条件が影響しています。より正確には過去40年の政策波と産業史の堆積です。拠点都市第1期の5年は、そうした長期の蓄積の上に重なった一つの政策期間として捉える必要があります。
47都道府県の開業率

裾野の指標である雇用保険ベースの開業率を、厚生労働省の雇用保険事業年報から当社が算出(県別は近似値)して政策前(FY2015〜19平均)と政策後(FY2021〜24平均・FY2020は除外)で比べると、47都道府県のうち上昇した県はありませんでした(全国計は−1.04ポイント)。
第1期の拠点県13県の低下幅(群の単純平均−1.20ポイント)は非拠点34県(同−0.84ポイント)より大きいのですが、政策前の水準と変化幅の相関は−0.878で、もともと水準の高い大都市圏が拠点に指定されたから低下幅も大きい、というのがこの数字の読みです。
変化を説明するのは政策の有無ではなく、政策前の水準、すなわちストックでした。裾野を捉える第三者統計からは、政策による明確な正の効果を確認することはできない、というところまでが言えることです。
高さは、少数の個社で決まる
DAIZ と電脳交通が示すのは、もう一つの構造です。大型の資金調達や評価額は、VCと市場が個社に対して付ける値で、都市単位の集計値は少数の個社に大きく左右されます。1社生まれれば達成、生まれなければ未達です。第1期の拠点都市でユニコーン数を目標に置いた6都市圏のうち達成は1都市圏で、その1社も初回の報告から一貫して同じ企業でした。
一方で、電脳交通の地銀系の座組、Spiber に対する県と市による長期の公費支援は、いずれも国の拠点政策の範囲外にある座組です。座組そのものが、地域のストックの一部になっています。
市況は資金調達環境の水準を上下させ、ストックは個社が生まれる確率を変えます。しかし、どの都市に次の1社が生まれるかは、を事前に約束することはできません。レポートでは、これを「高さは狙って作れない」と表現しました。
拠点の外でも成果は出るが、どこでも出るわけではない、という第1章の両義性は、この構造から生じています。成果は個社に宿り、個社が生まれる確率はストックが決めます。
成果が選定に先行している、という論点
ここで一つ、レポートが自分の命題を揺さぶり得る候補として正面から置いている論点があります。
DAIZ の大型資金調達は熊本の第2期拠点選定より前に起きており、松山や高松も第1期の拠点都市には選ばれていません。つまり、成果が選定に先行しているのです。国の選定は「成果を生む」のではなく「成果の出ている都市を選んでいる」可能性があります。
レポートはこの選択バイアスを否定していません。むしろ、第3章の変化幅分析はこれと整合しており、「裾野はストックで決まる」という命題は選択バイアスととも矛盾しません。
一方で、ここから「政策効果はゼロである」とまでは言えません。公表資料だけでは、その点を十分に切り分けることができないためです。仮説段階の論点を仮説段階と明記して置いておくことが、公表資料だけで書く検証の作法だと考えています。
自社への問い
自治体が示す数字を見たら、まず「それは開業率か、出現率か、調達額か、自己設定のKPIか」を確認してください。これは四つは、それぞれ測っている対象が異なるため、単純に比較することはできません。
そして、地域の開業率やスタートアップ数の「水準」を、政策の成果として読まないこと。水準はストックの反映であり、組む理由になるのはストック自体、つまり大学・集積・人材です。拠点に選ばれているかどうかは、組む理由にも、組まない理由にもなりません。
次回は、自治体から実証や共創の打診が来たとき、最初に確認する3点を、レポート第7章の「固有機能×リターン対応表」から取り上げます。
本記事は連載「自治体が動かせるもの、動かせないもの — 事例で読む拠点都市」(全6回)の第4回です。
連載の全記事:
ベンチャークライアントモデルの行政版 — BMW がやったことを、福岡市とファーストカスタマー・アライアンスはどう再現したか
UPGRADE with TOKYO は「その後」を測っている — 実証から調達への転換率を公表する自治体だけが言えること
拠点に選ばれなかった街で、何が起きたか — Spiber・電脳交通・DAIZ(本記事)
自治体から実証や共創の打診が来たら、最初に確認する3点 — 随契認定・ファーストカスタマー・アライアンス参加・転換率の公表
記事の元になった業界レポート「スタートアップ・エコシステム拠点都市 第1期5年の検証 — 自治体が動かせるもの、動かせないもの」(全47ページ)を無料で公開しています。8都市圏×4年の進捗報告の時系列、47都道府県の開業率の政策前後比較、固有機能×リターン対応表、行政への7提言まで収録しています。
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